TV版の吹き替えが欲しかった。廉価版は安くていいけどその分吹き替えがない。
本書は町山智浩氏との共著である洋泉社の『映画欠席裁判1〜3』と同じ映画を論じているページがけっこうあります。
執筆した時期が近い為か、内容が似たようなものも割とあるのですが、例えば『映画〜』で「監督が嫌な奴だ」しか言わなかった<レクイエム・フォー・ドリーム>を絶賛していたり、<ファイト・クラブ>を少し違った論点(『映画〜』では「クローネンバーグに似た映画」と言っていましたが、本書では「男たちが失った獣性を取り戻そうとする映画」と町山氏の意見に近い論点で述べています)で論じていたり、私はその違いを見比べながら読みました。
もちろん本書は、今まで意識しなかった魅力や、「ダメな映画はどこがなぜダメか」に気付かせてくれるという意味で個人的には単品でも非常におススメですが、『映画〜』との比較でより幅広い視点で楽しめると思うので、双方対比読みをお薦めします。
さすがマライア様最高です!
でも再発売するのであれば、CDに追加トラックをつけてDVD付きで発売した方がよかったような気もするのですが。。。
マライアの過去の作品の中でもあまり評価がよろしくないアルバムですが、以外と名曲がタップリだったりします。
見世物小屋で人々の好奇の視線にさらされていた主人公が、ホプキンス演じる医師に助け出され、彼の助力により徐々に人との繋がりを取り戻してゆく。が、それでもなお彼を食い物にしようとする人物が次々と現れ、再び彼を悪夢の世界に連れ戻す。 そうして彼の悪夢のような日常と、医師たちのもとでの平穏な日々とが交錯するドラマを描くことを通して監督のリンチは、醜いもののなかにある美しさ、普通だと思われていたものの醜さと残酷さを浮き彫りにしてゆく。 平穏な日々を送るうち、「異形の人」は創作することのなかに生きることの意義を見出す。その姿は監督のリンチ自身を連想させる。 「異形の人」がその異形の身体を好奇の目にさらすことによってしか社会に受け入れられないように、リンチは自らの「異形のイメージ」をスクリーンの上にさらけ出すことで世界と繋がる。監督のリンチは、そんな自分のアウトサイダーとしての心情を、エレファントマンという「異形の人」に仮託して表現したかったのかもしれない。 終盤、「異形の人」の人生最良の日となる劇場の場面で、彼の目を通して見られる舞台を描きだす映像は、リンチの作品であると同時にある意味「異形の人」の作品でもある。 空想の世界に生の喜びを見出す二人のイマジネーションの所産である、そのモノクロームの映像が切なくも美しい。
19世紀後半に実在した奇形の青年の物語。
見世物小屋では妊娠中の母が象に踏まれ
た夢を見たためにこのような容貌になっ
て生まれたと宣伝された。
私が高校生の頃、映画館で見てショック
だったシーンは悪趣味な連中がメリック
と売春婦に無理やり性行為を強制し嫌が
る二人を笑いながら押し付ける場面です。
まともな風貌ながら醜い行為に狂喜乱舞
する人間がいる。
それに対して醜い風貌ながらも頭脳は
正常で繊細な性格の主人公はより一層
悲し過ぎる。残酷で理不尽な人生。
だからこそ映画や舞台として語り継がれ
ていると思います。
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