本書『ラバー・ソウル』は、The Beatlesのアルバム『Rubber Soul』をモチーフとしたミステリ。
章立てがアナログ盤の『Rubber Soul』の曲名順となっていて、それぞれの章の内容が、詩とリンクするようになっている。『Rubber Soul』の発売時(1965年)にシングルでリリースされた「Day Tripper」と「We Can Work It Out」(恋を抱きしめよう)を、
ボーナストラックとして本書の章に組み入れているのがニクイ演出だったりする。
結論から言ってしまうと大傑作である。
音楽雑誌に評論を寄稿するビートルズマニアの鈴木誠は、雑誌の撮影中に発生した事故で呆然自失のモデル 美縞絵里を自宅まで送り届けることになった。容貌にハンディキャップを背負っている誠は、初めて自分の車に乗った女性 絵里に好意を寄せてしまう。絵里のことが頭から離れられない誠。誠は絵里に気づかれないよう、彼女を監視しはじめる。除々にエスカレートしていく誠の行動。ついに、誠は絵里の男友達を殺害してしまうのだった。 ・・・
ストーリーは、警察の取り調べと思しき関係者の供述に、誠の視点の描写が挿入されるかたちで展開していく。病気のため怪異な容貌となった誠が、それを逆手に取りながらストーカー行為を正当化していく様は、背筋が寒くなってしまう。こういう理屈で、人は人を追い込んでいくのかという恐ろしさだ。苛立ちに似た怒りさえ感じてしまう。
本書は、ソシオパスものか ・・・
いやいや、全く違う。
ソシオパスものとしても面白くはあるのだが、それだけでは傑作とはいかない。秀逸なのはウルトラ級のどんでん返し。ラストに近くなって、実に悲しいものがたりに変わっていく。中盤までとの落差が大きいだけに、強烈な衝撃を感じるだろう。あざとくもありながら、ホロリとさせてくれる。全16曲を奏でて『Rubber Soul』の意味が、ようやく明らかになるのだ。実に心に染み入る作品である。
「Norwegian Wood」(
ノルウェーの森)の詩の内容を、放火男の解釈で本書とリンクさせたり、絵里の高校時代のストーカー事件を、
ボーナストラック「Day Tripper」として挿入しているのも面白い。私の見落としている仕掛けも相当ありそうだ。
話は、向井洵子がワープロで打った日記から始まる。日記の中で、彼女の身辺に起きた不可解な出来事が綴られている。誰かが自分の名前を使って図書館の貸出登録を行ない、三冊の本を借りていったこと。夫の会社に電話したら、訳の分からない応答をされたこと。そして事件が起こり、事態はますます混迷の度を深めていく。
一枚のフロッピイディスク・ファイルに収められた文書を読んでいく前半から、スリリングな話の展開に目が離せなくなる。複数の記録を提示していく形で話は進むのだが、そこにどのような繋がりがあるのか、どんな意味が隠されているのか、分かりそうで分からないもどかしさ。そこに、実に巧妙な仕掛けが働いていたことを知る話の終盤、妙ちきりんな状況の真相が見えた時、げげっ!とのけ反ってしまった。
告白すればこの作品、かなり前になるが一度読んでいる。非常に面白く読んだ記憶が残っていたので、文庫化されたのを機に再読したのだけれど、やはり面白かった。初めて読んだ時は、やられた!と思った。今回は、前半のつかみから、パズルのピースがするすると寄り集まり、加速していく話の終盤に、作者の騙りのテクニックの巧さに舌を巻いた。
初出が十年前の作品ということもあり、ワープロのフロッピイディスクをめぐる謎というところにやや古さを感じたが、それでも十二分の読みごたえを堪能させてくれた。読み始めた一瀉千里の本書を、ミステリーファン、SFファンの双方にお薦めしたい。