以前NHKのBSでも放送されたヴァルビエ音楽祭のライブDVDです。出演者はレイフ・オヴェ・アンスネス、ニコラス・アンゲリッチ、エマニュエル・アックス、エフゲニー・キーシン、ラン・ラン、ジェームズ・レヴァイン、ミハイル・プレトニョフ、スタファン・シェイヤ、ミシャ・マイスキー、ギドン・クレメール、今井信子と豪華絢爛。
収録曲は全10曲ですが、中でも8台のピアノで奏でるワルキューレの騎行(ワーグナー)やくまばちは飛ぶ(リムスキー・コルサコフ)は圧巻です。
内容は五つ星ですが、国内版はまだまだ高価なので四つ星にしました。輸入版(ASIN: B0002YJ29O)もRegion Allなので日本のDVDプレーヤーでかかります。さらに
ボーナストラックの練習シーンや解説は日本語の字幕が選べて、国内版と大差なく楽しめて価格は2/3ほどです。これからご購入の方には輸入版がお勧めです。
ハイドン研究家として知られるロビンズ・ランドンは、その著書
『モーツァルト―音楽における天才の役割 』(中公新書)の冒頭で「巨匠ベートーヴェンの不滅の作品があるおかげで、ハイドン、
モーツァルト、シューベルト、ヴェーバーの作品はようやく生きのびてきた」という指揮者ヴァインガルドナーの発言(1907年)を引用し、ほんの百年で作曲家への評価がどれほど変遷するかを指摘する。そしてもちろん、
モーツァルトを語るランドンの筆致には、つねに「ハイドン」の存在がライトモチーフとして光を投げかけ、それゆえにそれぞれの作品論への味わいが深くなっている。この音盤を聴きこんでいくと、まずはモダンピアノ(録音データに記載されていないがこれは
ニューヨークスタインウェイであろう)を使用してのハイドンのまさに非の打ち所のない音楽に心を鷲づかみにされ、そしてさらに、エマニュエル・アックスのひじょうに説得力あふれるハイドン解釈をとおし、ロビンズの評論と共鳴するようにして見えてくる
モーツァルトやベートーヴェン、シューベルトの宇宙へとこのまま足を踏み入れていきたくなる。いや、理屈はともかく。
アックスの演奏については、いまさら言うまでもなく(ご存じないかたは、ともかくなんでもいいから彼の音盤を聴いてみてください。もちろんヨーヨーとの共演作でもかまわない)みごとなものだが、第一回ルービンシュタ
インコンクールの覇者としてキャリアをスタートさせた若い頃にくらべ、重心がさらにしっかりとし、自分のペースでじっくりと活動をしてきたピアニストならではの滋味と奥ゆきの深さが増している。何を弾いても名演だが、すべてにおいて完璧にハマってしまうせいか、演奏そのものの印象がしばらくすると薄れてしまう傾向は健在なれど、かえってそのスタイルがハイドンとは絶妙にしっくりくる。哲人を思わせる落ちついた魅力にあふれ、土臭さと天上の響きを兼ね備えながら、あくまでも人間的で活力に満ちたハイドンだ。
ここ数年ではピアノフォルテによる演奏も含め、名盤が目立つハイドン・ソナタだが、この音盤を聴いてしまうとしばらくは他のものに手を出す気が失せてしまう。以下、蛇足だが、音楽の世界を牽引していくのは演奏家か、聴衆か、作曲家か、興行主か、評論家か、レコード業界か、はたまたメディア全般か、というような(アホな?)ことを自問しては殺伐とした気分になっていた時期、たまたまこの音盤を手に取り、やはり演奏する人がいちばん偉いじゃん!と感動したことも付記しておく。