元スターダストレビュー三谷泰弘が展開する音楽プロジェクト『esq』(エスク)の3枚目にあたる
初のカヴァーアルバム。発表されたのは'97年2月で、ちょうど世間一般にカヴァーソングの面白さや醍醐味が
伝わってきた頃であり、カヴァーブームの流れが始まりだした時期である。
選曲は彼がラジオ番組やライブ等の活動において、リスナーやファンからのリクエストを受けて
様々なカヴァー曲を歌うようになり、その中で彼が好きな歌を選んだというもの。
カヴァーされる曲は、「ティファニーで朝食を」の主題歌、ザ・スタイリスティックス、荒井由実、
スティービー・ワンダー、山下達郎、ビーチ・ボーイズ等'60後半から'70前半の楽曲を中心に
洋邦問わずチョイスされている。
ただし、前述の通り『リスナーやファンからのリクエスト』が選考基準である為、
彼のオリジナル曲(4)や、スターダストレビュー時代の楽曲(8)までもが収録されている。
この2曲がカヴァーアルバムというコンセプトからは若干かけ離れており、アルバムの世界観に
違和感を持たせてしまっている印象がある。
もちろん(4)の『再会』という楽曲自体は素晴らしい。サビの入りの1音を除いて全てファルセットで
構成されるという、およそ常識では考えられない歌を全く違和感を感じさせる事なく
むしろ必然性を持って堂々と歌いあげる。(8)の『Single Night』もスターダストレビュー極初期の超名曲で
三谷ヴァージョンが聴けるのはとても嬉しいし、貴重である。
リクエストを受ける事はごく自然な事であるが、やはり世界観を尊重し敬遠すべきではなかったか。
そもそも『Single Night』という曲はコーラスパートにも主旋律を持たせている楽曲である為、
単独で楽曲のメロディを伝える事は不可能な構成なのである。それを無理矢理に一人用のアレンジで
歌われている為、完成度は決して高くはないのだ。
せめて、妥協であれどコーラスパートを導入し、楽曲の持つポテンシャルを存分に発揮させて欲しかった。
その他特記すべき点として、このアルバムはスタジオテイクであるが、音質は限りなくライブ音源に近い臨場感を持って
マスタリングされている。まるで夜の地下室で、知るひとぞ知る者たちが集まりひっそりと開かれた小規模なライブのよう。
曲の演奏が終わると歓声や拍手が起こりそうな感じ。…でも起こらない。
彼の歌声や、奏でるピアノの持つ夜の香気、陰の魔力は聴く者を静かに『その世界』に誘う。
昨今のカヴァーブームの潮流に乗った幾多のカヴァーソングとは一線を画した別次元のものである事は断言できる。
真っ暗闇の寝室のベッドの上で、あぐらをかいたまま目を閉じうつむき加減で静かに聴いてみよう。
別次元の『その世界』へのヘヴンズゲートが見えてくるはずだ。
ちなみに歌詞カードの黄色い
ジャケットの男は決してダンディー坂野ではない。