◆「鬼封会」
明治期の廃仏毀釈運動を背景に置くことで《鬼封会》と
ストーカー事件の構図が、それぞれ反転していきます。
◆「凶笑面」
倉の中で、骨董品業者がガラスビンで頭部を殴打され、殺害された。
現場は、ビンのなかにあったビー玉が散乱した状態だった……。
警察は、倉の鍵を持つ当主の女性に容疑をかけます。
彼女は足が不自由なのですが、二階からガラスビンを
落とせば、犯行が可能だろう、という考えからです。
こうした凶器は、犯人が当主に容疑を向けるために選んだものですが、
犯人にはもう一つ別の目的があったというのが本作の読みどころです。
◆「不帰屋」
フェミニズムが専門の社会学者・宮崎きくえが、自分の
実家である護屋家の離屋の民俗
調査を那智に依頼した。
きくえは離屋が、生理中の女性が家族と隔離されて
暮らした「不浄の間」であったことを証明したいらしい。
しかし、そんなきくえが、離屋で遺体となって発見されて……。
加害者の足跡がないという《雪密室》なのですが、
トリックのキモは、離屋の特異な構造にあります。
このトリックによって、ミステリと民俗学がシームレスに接続され、密室の謎を
解明することと旧家の陰惨な因習をあばくことが見事に二重化されています。
◆「双死神」
《宇佐見陶子》シリーズ第二作
『狐闇』の裏エピソードといえる作品。
「だいだらぼっち」伝承と古代製鉄の
調査がなされていくうちに、製鉄技術と
各時代の政治闘争との結びつきが浮き彫りにされていき、さらにそこに、
《狐》こと宇佐見陶子が関わっている《税所コレクション》が絡んできます。
◆
「邪宗仏」
旗師・冬狐堂や蓮丈那智、“香菜里屋”など、魅力的なキャラクターや舞台を設定し、味のあるミステリを発表してきた北森 鴻(きたもり こう)。今年2010年1月25日に急逝した作家の、本書は遺作。お気に入りのミステリ作家のひとりであり、夜行
列車の窓に“うさぎ”が顔を覗かせている本単行本の装画にも惹かれ、本書を手に取りました。
愛する男が残した“音のメッセージ”、音風景のファイルを頼りに、自分以外のもうひとりの“うさぎ”を捜す旅に赴く美月(みづき)リツ子。その旅の途上、彼女が遭遇した事件を記録していく形でストーリーが進んでいく連作短編風のミステリ小説。のはずが、途中から、作者が仕掛けた企みによって、話の雲行きが怪しくなってきます。それが何なのかは読み進むうちに分かるようになっていますが、この辺の、上りと下りの反対方向から
列車が徐々に接近するとでもいった話のレールの敷き方、伏線の張り方に、このミステリの妙味を感じました。
本作品の妙味ということではもうひとつ、北斗星やトワイライトエクスプレスといった日本で人気の旅客
列車に乗車した登場人物が、
列車の中で不思議な出来事を見かけて、その謎解きをある人物とともにする件りを挙げたいですね。第六話の「夜行にて」と第七話の「風の来た道──夜行にて2」が、進行中の
列車でのちょっとした謎解きが楽しめる話。
列車での旅の風情とミステリの風味とがブレンドされていて、乙な味わいでしたよ。
いただけなかったのは、最終話の話のしまい方。作者が途中で仕込んでおいた作品メインの仕掛けにラストで決着がつく、というか、その方向に話が向かうのですが、それが後味の悪いものになっているんですね。作品の詰めの部分にあたるこのラスト、第九話の「うさぎ二人羽織」では、全然別の方向に話を持って行って欲しかったなあと、そこが本当に残念。
とまれ。北森 鴻さん、今まであなたのミステリをあれこれと読み、楽しませていただきました。本当にどうもありがとうございました!
ご冥福を心よりお祈り申し上げます。