本書は、
横浜国立大学にアングラ演劇の巨匠唐十郎を<密航>させた当事者による、唐と学生の汗と涙と鮮血の日々2739日を綴った「戦記」である。
物語は大きく二つにわかれる。唐への教授就任のオッファーに始まり
黒板をぶち破って登場した初講義まではよかったものの、彼がやる気のない学生を前に苦悩したという前半、そして唐十郎という存在の「教育的効果」が徐々に生まれ、ついに「唐ゼミ★」という劇団として結実し、大学の外へと羽ばたいていく後半だ。
当事者や、これまで唐組もしくは唐ゼミの作品を実際に見てきたという人には、たしかに後半の作品名などが飛び交う箇所も、記憶の中の演劇体験を呼び戻して楽しめるだろうが、いかんせんこの劇団の作品をまるで見ていない評者としては、やはり前半の方が面白かった。
当たり前であるが、唐十郎である。そんな“規格外”を国立大学という制度の中にフィットさせるには、そんじょそこらの苦労では適わない。そしてもちろん、最後まで彼はフィットしない。
さらにそんな唐の教授就任が、設立当初の課程の命運をも握っていたのである。だから、唐本人と著者の努力はすさまじいものがある。例えば、唐が学生の注意を集めようと教卓の裏に隠れたところ、静まりかえるとふんだ彼らがまるで私語をやめず、教卓から出られなくなったことなど、面白くもありほろ苦くもあるそれらエピソードが、全編を覆っている。
ただ評者として疑問が残るのはやはり、国立大学という名の、少々意地の悪い言い方をすれば「権威」に囲われている劇団というのは、唐のあり方とは違っているのではないか、ということ。もちろん劇団としての評価はまるで見ていない評者には下せるわけがないし、少々愛着も入り交じった著者による評価もそれなりの正当性はあるのだろうけれども、最終的にかの劇団が「完成」をみるのはおそらく、そんな著者からも「大嫌いだ!」と罵られ大学からも追い出される時なのかもしれない、と夢想した。