魔女 (角川文庫)
私にとって、久々の坂東作品でした。中世のイタリア(及びその周辺)を舞台にした作品としては「旅涯ての地」という大作があります。本書は文庫本で200ページにも満たない小品です。回想形式で、こじんまりと完結しています。
たまたま遠藤周作を読んで間もない頃だったので、思索の浅さは否応なく感じてしまいますが、今さら坂東さんにそんなものを期待はしません。土俗と伝承と…そして少々のエロスを、中世のイタリアでアであれ、明治期の土佐であれ、舞台となった時空の中で展開して魅せてくれればそれでいいのです。
浮遊する神父の伝承と、若い男女の悲恋を無理やり絡めてもいますが、それも気になりません。でもまた、そろそろ大作を期待したいです。
朱鳥の陵
わたしはこのところ古代史に関心があり、あまり小説というものを読むことはない。坂東真砂子氏のものは「山妣」「曼荼羅道」が印象的で、それ以外は掌編を読んだ程度だ。しかし、この「朱鳥の陵」には一読して、なおも興奮醒めやらず、こうしてレビューを書いている。小説としての価値に止まらない、瞠目すべき書である。
古代史の本、とくにアカデミックな学者のものは、概ね鳥瞰的・客観的な視点からのものが多い。もちろん、それは必要な視点だが、こぼれ落ちているものもまた、多いはずだ。小説のかたちをとると、当事者の視点が中心となるため、思いもよらぬ見地が炙りだされるる可能性がある。
古代史を舞台にした小説としては黒岩重吾氏のものが先駆的だが、坂東氏の「朱鳥の陵」には夢を読み解く職能者を登場させるという果敢な試みにおいて出色だ。心理描写、人間描写の卓越さのみならず、古代において人々を支配していた想念――現代でも人々の心の底に眠っていると思われる?――を縦横無尽に駆使して圧巻。坂東氏の力量には心底、脱帽した。それでいて、歴史的事実を細部にわたりきちんと踏まえている。普段、小説を読まない歴史愛好家にもお勧めしたい。
ただし、著者に要望したいことがあります。本作の着想に大きな、それも出発点というべき?インスピレーションを与えたものとして民間の民俗学者・吉野裕子「持統天皇」があったと推察される。吉野氏の著作は、巻末に参考文献に見出されはするものの、他の文献のなかに埋もれるようにあるにすぎない。もちろん、これを作品に仕立て上げた著者には感服するが、一方、故・吉野氏にたいし、もうすこし配慮があってもよかったと思われる。参考文献のなかでも特記するとか。あるいは、作品の形態が小説だと、この程度で済ますのが常識なのだろうか…。それでは吉野氏が可哀そうだ。
注文ついでに編集者へ:読み進めているうちに、なんか妙な感じだと気付き、よく見るとやや右肩上がりの斜字体になっていました。たしかに毛筆の場合、やや右肩上がりなるので、それに倣ったのかもしれません。工夫したのでしょうが、個人的な印象ながら、読みにくいと感じました。やはり活字は活字、独自の文化なのではないでしょうか。香気あふれる文体を損なっているように思いました。
【追記】古代史ファンでも古代天皇をめぐる人間関係、特に婚姻関係はこんがらかります。わたしは「天智と持統」(遠山美都男、講談社現代新書)を傍らにおいて本書を読みました。ご参考まで。
快楽の封筒 (集英社文庫)
現実…。 本当に現実的です。
第一話「隣の宇宙」とその最後「快楽の封筒」は必読です。
自分のカミさんが、まさかこんなことしているとは...。
心臓には悪いですが、逆に自分のカミさんを大事にせねばと自戒の念を含めて...。
夫婦円満とは何かと考える一冊です。
鬼に喰われた女 今昔千年物語 (集英社文庫)
今昔物語+女性=坂東眞砂子という図式が、ピッタリと嵌った10編の珠玉の短編集です。
怨霊や物の怪に怯えている平安の世界をバックに、女の性、情念(執念と言った方が近いかも知れない)を見事に描ききっています。
特に気に入った作品は、「生霊」「蛇神祀り」「油壺の話」です。作者らしい女性の性の捉え方と、禍々しさが同居した作品です。しかし、それでいて最後に、その女性たちへの哀れさが感じられます。
坂東眞砂子らしさの良く出た素敵な作品集です。