自分は愚鈍の者だとしみじみ感じました。しかし、そんな私のような者にも読破できるように、しっかりエンターテイメント性を盛り込んでいるところがこれまた凄いですね。映画もよかったですが、原作の方が格段に面白い。
英米が世界のリーダーであり、英語が世界共通語とされている現在において、イタリア語で書かれたこの大傑作が世に出た意義は大きいと思います。イタリアにおける学問の深い歴史と、その知の後継者である著者のプライドが感じられました。
建物、衣装、小物の隅々までジャン・ジャック・アノー監督こだわりの中世修道院世界の再現、主演のショーン・コネリーの痺れる様な渋さ・・等々、ミステリー・教会美術・歴史好きとしては大絶賛の映画です。
が、さらにDVDにはアノー自身が語るメイキング・フィルムが130分!加えてアノー自身がスタッフ関係について語るのインタビュー・フィルム、さらに、ドイツで作られた解説フィルムまでついていてお得感タップリ、1本(枚?)で数倍楽しめます。せっかくこんなにお得なのに外ジャケットには「映像特典:59分」としか書いてないのは何故?
とにかく「DVD買って良かった〜」と大満足の1枚です。
教皇とフランチェスコ会の教義をめぐる対立、会内部での暗闘。さらには皇帝を後ろ盾としたフランチェスコ会は、教皇側と、有数の文書庫で名高い修道院において、会談を持とうとする。フランチェスコ会の使節団の一人として、修道院に到着したパスカヴィルのウィリアムは、そこで一連の殺人事件に出会うことになる。
通常のミステリーならば、読み始めればたちまちのうちに、以上の事情をたやすく察するだろう。だが本書の場合には、読者はその事実を把握するためには、溢れかえる当時の著名人士の名、ヨーロッパ史いや中世教会史上に著名な事件の連呼、列挙される異端の網の目等々、の間を泳ぎまわらなければならない。相当注意して読んでいても、改めて前のページを読み返さざるを得ないことが何度もあった。
一言で言って、大変読みにくい。だが、幹から横に伸びた枝の形は美しい、鋭い。細い枝に咲いた花は香しい。
懺悔とはどのようなものとして感じられるか。修道士にとって、女とは、どのようなものとしてありえたのか。そんなことに触れた個所がある。異端とはどのような形で生じるのか。庶民にとっては、どんな形で異端と出会うことになったのか。異端であるとは当時にあってどのようなことであったか。異端審問とはどんなものであったか。人は弱さにどのように対処したかが、恐怖に支配された時どうなるのかが述べられる。会派が、修道院がどのように相争うかが考察される。
確かに殺人事件は解決される。だが読み終わって感じるのは、一つの修道院の殺人事件の記述が、キリスト教の諸相の複合的な記述に重なっているということである。キリスト教の諸相とは、ヨーロッパの精神そのものであり、目をとめた文章の端々から、(キリスト教的)人間の全体が立ち上がってくる。どのページを開いても、興趣が尽きない本である。
個人的には面白かったけど、その絡み合う縦糸と横糸の接点に浮かび上がってくるものの、何処までがまじめで、何処までがジョークで、何処までが暗喩か、よくわからない。 そういうもの全てが渾然一体となってフーコー・ワールドを形成している、ということなのかもしれない。 割り切って読む分には面白かった。 生真面目な理系の人にはおすすめできません。 「おいおい…」といいたくなるような箇所がたくさんあるかも。
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