五つの密室事件が扱われている本作。
第一の密室は、いわば“三重密室”。その最終ラインは、出入り口のそばに居た
人々による“視線の密室”なのですが、犯人は、心理的仕掛けをほどこすことで、
思いもよらない密室からの脱出方法を隠蔽しています。普通なら禁じ手と言える
その脱出方法を成立させるために、“三重密室”を構成することでカムフラージュ
しているのが秀逸です。
第二の密室は、茶室の襖に、木の枝とはさみを刺すことで構成した“和の密室”。
形態だけでなく、動機も他の四つの密室とは異質で、その切実さが胸を打ちます。
第三の密室は、犯人が構成した密室の外側に死体があるケースで、密室
内部に容疑者が倒れているという、カーの
×××的趣向も採られています。
よく練られた独創的な物理トリックが用いられており、感心させられました。
第四の密室は、椅子に縛られた被害者を残し、直前
までいた犯人が、密室から忽然と消す、という趣向。
古典的な小道具が用いられているのですが、
それを気取らせない隠蔽の仕方が秀逸です。
第五の密室は、暖炉に頭を突っ込んだ謎の男
を残し、犯人が密室から消失するという趣向。
密室の扉に貼られていたイシスの紙が、装飾の意味だけでなく、脱出する
うえで、実効的な影響も捜査陣に及ぼしていたというあたりが素晴らしい。
真相は、第一の密室と同様、普通ならアンフェアのそしりは免れない代物なのですが、
「顔を焼かれた謎の男」といった存在を導入することによって、ギリギリのところで反則
にはしていないのがお見事です。
本作は、圧倒的なボリュームと大時代的な世界観で、明らかに一般受けはしない
でしょうが、愚直なまでにトリックとロジックを追究する真摯な作風は、近年、希少
であり、評価されるべきだと思います。
絵画修復士・御倉瞬介を主人公とした六話を収録した連作短編集。
柄刀氏は本格ミステリー魂が強すぎて、しばしば小説としての出来を少し損なっている。
本作は本格ものももちろんあるが、そうでは無い作品もある。
ジャンル小説色が薄まり、バランスが非常に良い短編集となっている。
ピカソ、
フェルメール、モネ、安井曾太郎、デューラーなどの名画に秘められた犯罪や因縁。
それらを思慮深い審美眼をもって理論的に解体していく。
ロマンチストな面もある柄刀氏らしい作品だった。
北森鴻著「深淵のガランス」も絵画修復士を主人公としたミステリーだ。
こちらは絵画の資産価値に起因する暗部や贋作を扱っている。
対比して読むとおもしろいかも。