これまで『
恋するアラブ人』(2004年)、『
イスラームから考える』(2008年)と、柔軟な視点で
エジプトとアラブ文化について詩情豊かな日本語で綴ってきた著者による、私にとっては待ちに待ったエッセイ集第3弾です。
今回は「ふつうの人々のライフスタイルや芸能人、文学、風俗を通じて
エジプトという国の真髄に迫ってみよう」という趣旨で編まれた一冊です。アラブの伝統音楽や大衆音楽、映画、文学など、大抵の日本人にはなじみがない文化的アイテムをひとつひとつ丁寧に取り上げながら、今の
エジプトの伊吹をすくい取ろうとしています。
最も印象的だったのは「ハサンの十字架とモルオスの新月」の章です。『
アラビアのロレンス』にも出演していたオマー・シャリフが主演するコメディ映画『ハサンとモルオス』を取り上げ、
エジプトでのイスラム教徒とキリスト教徒の対立と融和の今を切り取って見せます。映画の筋立ても大変興味をひくものですが、今日の
エジプトにおける宗教的モザイク状況にも強い関心を抱きました。
そしてなんといってもムバラク首相の長期政権が市民の反発によって倒れた後にやってきた政治的混乱の現状を、著者はバランスのとれた冷静な観察眼で見つめ続けます。日本人の母と
エジプト人の父の間に生まれ、日本と
エジプトの両方で幼少期を過ごした著者ならではの、今の
エジプトに過剰に肩入れしない、常に客観性を失わない心を大変羨ましく感じさせます。
著者の綴る日本語の美しさは前二作と変わりません。日本語の使い方の誤りもありますが、それは最近の多くの日本人に共通するものなので、むしろ著者はやはり日本(語)人なのだなとほほえましく感じたほどです。
著者の日本語の誤りというのは、例えば、アラブ詩をオーディションにかけるというテレビ番組のことを「アラブ文学を危険にさらす茶番劇だと一掃する人さえいた」(36頁)とありますが、「一掃する」というのはすべて払いのけるという意味です。実際にはオーディション番組はテレビ局の編成から排除されたわけではないので、ここは「〜茶番劇だと批判する人さえいた」とでもするところでしょう。
また「押しも押されぬ大スター」(45頁)、「押しも押されぬアラブ・ポップス界のトップスターだ」(156頁)とありますが「押しも押されもせぬ大スター」の誤りです。
さらに、「納豆や刺身など敷居の高い日本料理」(53頁)とありますが「敷居が高い」というのは「相手に対して不義理や面目のないことがあって、その人の家へ行きにくい」という意味です。「納豆や刺身などなじみのない日本料理」とでもすべきところです。
疑問に思ったことを最後にひとつだけ記しておきます。本文で触れた話題の音楽や映画の動画が見られるYoutubeのURLが巻末に列挙されていますが、著作権を侵害した形でアップロードされている動画も混じっているようです。そうしたサイトを紹介するのは、著作権を尊重するべき出版元の白水社にとって決して利益をもたらさないのではないでしょうか。