絵葉書研究家の生田誠さん(東京大学文学部
美術史学専修課程修了、元産経新聞社記者)の膨大な絵葉書コレクションの中から、「モダンガール」に関する絵葉書を取り上げて構成した本です。
雑誌や楽譜の表紙、絵画、ポスター、マッチ広告、往時の写真などから、生き生きした「モダンガール」のイメージを現代に蘇らせようという試みでした。大正末期から昭和初期にかけての古き良き戦前のファッションや流行を知ることができるでしょう。
「モダンガール」の定義として、「近代的で、新しいタイプの女性」とし、「大正時代の末から昭和時代の初めにかけて、日本にも男性から自立し、職業について、自由を謳歌する女性があらわれた」と記しています。この言葉が大流行するのは関東大震災後の1926年のことだそうです。
8ページ以降に、「洋装のモダンガール」として「
ドレスの輝き」「コートの誘惑」と題し、当時のファッション・センスを披露しています。
とはいえ、23ページの写真にあるように、百貨店での買い物をする客はまだ和装で、店員の洋装も現代の目から見ると普通で、モダンとは言えません。
45ページの杉浦非水「東洋一の地下鉄道」は有名な作品ですね。昭和初期のモダンさが伝わります。
ただ、その中で一番惹かれたのは、「SIN」という名の一連の絵葉書のレベルの高さで、誰がこれを描いたのか不明だそうです。本書の随所に掲載してあるその「SIN」が手掛けた作品の質の高さは図抜けていました。時代を超えて現代でも通用するその画風は見事な完成度を誇っていました。「飛行機と女性(47p)」、「ダンス(68p)」、「リサイタル(71p)」、そして「乗馬(66p)」など、力量のある作家の別名であるに違いありません。東郷青児との親和性をも感じさせる素敵な作風でした。92ページに掲載された東郷青児の画風とは微妙に違いましたが。
表紙の「グラスを持つ女性」、サッポロ・アサヒビール(大日本麦酒株式会社の時代ですね)の絵葉書で、洋装の女性とアルコールが実にマッチしています。
「画家の描くモダンガール 多彩な描き手たち」では、88ページに小林かいちを登場させ、「
京都アール・デコの旗手」として紹介しています。ただし分量は2ページだけですが。
高畠華宵以下は、当時の代表的な作家の作品を紹介し、その中で高橋春佳(大正から昭和にかけて活躍した図案家。本拠はおそらく
大阪、
京都で着物関係の仕事もしていたとのこと。)を知ったのは収穫でした。
「モガのいた場所 銀座と京阪神の街」もノスタルジックな雰囲気が伝わる項目でした。
この本でもそうですが、生田さんがこつこつと収集し、整理した絵葉書の素晴らしさが伝わってきます。惜しむらくは、オールカラーではありませんので、美しい彩色のイメージが湧きづらい作品もありました。
戦前の娯楽誌やグラフ誌、ユーモア小説、
当時の文化人総参加の、終戦直後のカストリ雑誌を手にすると、
とにかくよく、小野佐世男の名とイラストを目にします。
30年代前半の大東京モダン時代と、終戦直後の大東京焼け跡時代に彩られた
お目目パッチリ、脚線美、グラマー美女のイラスト。
「SASEO.O」のサインはこの時代、一世を風靡したものでした。
しかしこれまで、小野の仕事をまとまって知ることは難しく、
没後、私家版として編まれた小冊子『小野佐世男画集』も
その全貌を知るものとしては、物足りなさが残ります。
本書は、川崎市岡本太郎
美術館で開催される、
初の本格的回顧展「小野佐世男 モガ・オン・パレード」展の図録を兼ねたもの。
油絵、墨絵、スケッチ、漫画、挿絵、雑誌表紙、装丁本、ポスターなどなど、
B5判、120ページ、オールカラーで掲載された作品図版とともに、
美術史家の足立元氏による「小野佐世男年譜」がまた労作で、すばらしい!
本書(本展覧会)は、10代半ばで亡くした父親の作品を、大切に守ってきた
長男・小野耕世氏の、深い愛情なくして、実現しなかったはずです。
父・佐世男も、息子・耕世をきっと可愛がったはずで
本書に収録された『佐世男漫画日記』を読むだけで、それがわかります。
ただ、「SASEO.O」ファンとしては、決定版というより、廉価普及版の印象です。
これ一冊で、小野佐世男の生涯と仕事が十分にわかりますが、
膨大かつ多彩な仕事量を考えたら、プラス1.5倍の収録点数は欲しいところ。
何より惜しまれるのが、川崎の本展覧会場で閲覧した、
1400項目に及ぶ「小野佐世男書誌リスト」が未収録のこと。
岩波書店の『図書』に連載された、耕世氏の佐世男評伝も再録してほしかった。
別の版元から最近、小野の『ジャワ従軍画譜』が編集復刻されましたが
後日、機会を改めて、資料性抜群の『小野佐世男画集』が刊行されたらと願います。