クリフォード・ブラウンというと、かつて寺山修司が
有馬記念の観戦記でトウショウボーイを評した言葉を思い出す。「影なき男」である。確かテンポイントは「男なき影」と対照されていた。
概してモダン
ジャズの天才たちには、暗い影がべったりと付きまとう。麻薬、酒、放蕩、破滅願望。チャーリー・パーカー、バド・パウエルがその代表格だが、チェット・ベーカー、アート・ペッパー、マイルス・デイヴィスも御多分にもれない。その不良っぽさというか、反社会性というか、ダークなイメージが
ジャズの魅力の一部になっていることは否定できない。
しかし、ブラウニーには、そんな要素は微塵もない。暖かい家庭環境、クリーンな生活、温厚篤実な性格。抜群のテクニックと類い希な歌心。燦々と陽を浴びて表通りを歩んだ男、「影なき男」。しかし、その残された演奏に横溢するのは、スリリングで、ハートウォームな、紛れもない
ジャズの魅力である。唯一無比の魅力である。
「影なき男」は、しかし、生涯の最後に深い影に包まれる。交通事故による突然の逝去、享年は25歳であった。
本書は、大学で
ジャズ教育に携わる著者によるクリフォード・ブラウンの初の伝記。多くの共演者や家族(妻、兄姉)などに取材した労作である。ただし、客観的事実に徹するという方針もあり、ブラウニーの内面への踏み込みを欠き、「影なき男」の胸奥に潜む創作の秘密は示唆されていない。その点に物足りなさはあるものの、公演や録音については詳細に記録されており、CDを聴く際の貴重な参考になるのは請け合いだ。訳文も優れており、巻末のディスコグラフィーや索引も要を得たもの。ブラウニー・ファンには必携の一書といえるだろう。
クリフォード.ブラウンのプレイはファッツ.,ナヴァロ直系で、明朗で非常によく歌うもので、
ジャズトランペット吹きの多くが理想的なプレイヤーと挙げる名手であることは今更説明不要だろう。本作はそんな彼の作品の中でも最も完成度が高く、人気のある作品である。オープニングの
チェロキーからエンディングのA Trainまで、一気呵成に聴けてしまう。そこには、マイルスやドーハムのような陰影は全くなく、ただただ吹くことが楽しくて仕方ないという雰囲気に満ちている。5人全員が楽しんで演奏している感じがありありと伝わってくるのだ。
ジャズトランペットのアルバムとしてだけでなく、
ジャズの名盤として十指にかならず入ってくるであろう名盤です。