『
見上げれば星は天に満ちて―心に残る物語 日本文学秀作選』(浅田次郎編)で『青梅雨』を読み、永井龍男という作家を知った。家族愛で優しく包みながらも人生の悲哀を静かに掴み出すようなこの作品が印象的で、もっと読み広げたく本書を購入した。
本書の中では、『青梅雨』は勿論のこと、『一個』と『冬の日』が良かった。定年を控えて気を病んだ男が自殺してしまう『一個』では、虚実が倒錯する様が見事。可笑しくも怖くもあるユニークな作品。
対して、禁忌を破った女主人が想いを断ち切って家を出て行く日を描く『冬の日』では、情念と邪な気持ちが精一杯の善意で覆い隠される様が伝わってくる。複雑な心情も直接表現されることはなく、情景描写と会話の行間だけで表される。