とても昭和20年代に書かれたとは思えない時代を感じさせない文章にまず驚いた。娼婦との揺らぐ人間関係を描いた「驟雨」をおもしろく読んだ。身につまされる思いがする。娼婦だったときには心を探ることなく、他愛のない会話を繰り返すのだけれども、相手への思いが次第に募り、一人の娼婦が「固有名詞」を持つにいたる。増していく探りを入れるような会話、相手を思う心。それにつれて、生じてくる嫉妬心とそれに抗う自我。主人公の繊細な心の動き、映像が目の前に浮かんでくるような風景描写に心を打たれる。 原色の街・驟雨 (新潮文庫) 関連情報
「現代人に共感をよぶ部分があるとしたら、生の危うさ、死の不安を描いたところだろう」のような趣旨のことを作者は語っている。男と女にとっての性を題材にした作品を描き続けた作者の作品の中でも秀作として知られる作品である。所々に、航空機から眺められた歯のような情景、メダカを池に放つときの「死」を感じさせる描写など、印象的なエピソードが挿入され、複数の女性関係を必要とする主人公の「生への不安」が浮かび上がっている。性は文学の大きなテーマのひとつであるが、その中でも秀逸な作品と思われる。谷崎潤一郎ほどの甘口の文体ではなく、谷崎がちょっと苦手なわたくしでも大丈夫だった。 暗室 (講談社文芸文庫) 関連情報
高校時代に何故か吉行文学に触れ、不思議な魅力を感じました。未知の世界、感覚。印象に残った作品がいくつかあり、また拝読できたことに感謝。自分も年齢を経て、また異なる印象を受けました。いつ読んでも新鮮。繊細な氏の感性、表現力は、永遠に私の心の琴線に触れるかと思います。 砂の上の植物群 (新潮文庫) 関連情報