畠山美由紀の新作は、彼女の故郷・気仙沼の土地とそこに生きる人々への想いを綴ったこれまでで最もパーソナルな内容となった。気仙沼と言えば先頃の3.11で大きな被害を受け多くの命が犠牲となった地域であることはご存知だろう。彼女自身震災直後家族と連絡が一切取れず、ブログ上で手掛かりを求めるメッセージを発信していた。愛する故郷・気仙沼の崩壊具合を伝える報道や絶たれた多くの命に彼女が受けた心の傷は、推し量り得ない程深いものであったと思う。本作は震災以降にレコーディングされ、震災を経て新たにした故郷への想いと、悲しみを乗り越えた先の希望までを、カヴァーと新曲を織り交ぜ一本の流れに収めた作品である。全12曲中5曲を占めるのが唱歌・スタンダードのカヴァーだが、単に数合せとして持ち込まれたお座なり感は一切無い。震災による心の傷・望郷の想いを綴る新曲群の間にカヴァーが絶妙に挟まれ、本作の流れを補完する為にここで歌う必然を感じさせるもの揃い。各曲に施された温かみあるアコースティック・アレンジと、何より彼女の歌そのものが有名曲負けしない風格と母性を纏い、歌い手として確実に大きくなったことを感じさせる。震災で母を失った子供の心を歌った「教えて、ママ」からスタンダード「虹の彼方に」にかけての流れは、悲しみを経て人々が尚持ち続ける希望を一続きに表現している様に感じられ、実に感動的だ。特に好きなのが「浜辺の歌」〜「ふるさと」の、ショーロ・クラブ笹子重治氏編曲による曲が連なる終盤。静かに立ち上るギターの麗しい響きと、彼女の憂いを帯びた声が重なることで生まれる贅沢な味わいは何ものにも代え難い。本作の核と呼べるのが、朗読〜歌と2トラックに連なる表題曲。朗読部分では彼女が幼少より触れてきた故郷・気仙沼の自然風景と、そこに生きる人々への敬愛の念が、彼女の東北鈍りも交えた語りと感情の機微を補うピアノより表現される。そして語りを終え、ぱあっと目の前に気仙沼の情景が鮮やかに広がるような歌部分への移り変わりの美しさには思わず息を呑む。多くの人に悲しみをもたらした3.11は決して起こるべきではなかったものだが、この慎ましさと美しさを併せ持つ本作は震災がなければ生まれることはなかった。年代・性別を問わず癒され希望を見出す普遍の力に溢れた歌の数々を、是非お聴き頂きたいと思う。 わが美しき故郷よ 関連情報
SWITCH特別編集号「SWITCH ISSUE」Cocco オダギリジョー 伊勢谷友介 ジャック・ジョンソン ほか
私的に、こっこのインタビューは、SWITCHがいちばん素晴らしいと思っています。少し古いですが、ここには彼女の97年のインタビューが掲載されています。生まれ育った沖縄で、大切に大切に言葉を紡ぐ彼女が、とても尊く感じられました。愛している島について。やってみたいクレープ屋さんについて。みていたい夢について。こっこについて知らないことは多いけど、歌は、ずっと残ります。そのことの幸せを、感じました。「荷物はすくない方が、高く飛べます」。という言葉が印象的でした。 SWITCH特別編集号「SWITCH ISSUE」Cocco オダギリジョー 伊勢谷友介 ジャック・ジョンソン ほか 関連情報
幾多の名クリエイター達が愛してきたうたごえ。それが畠山美由紀だと思います。青柳拓人、鈴木正人、冨田恵一、Jesse Harris、秋田慎治、小池龍平、金橋豊彦、斎藤哲也、沢田穣治、中島ノブユキ、宮川弾、ASA-CHANG…彼女の清楚で耽美的なうたごえは彼らの美的世界を純に立ち上げてゆきました。他方、彼女自身のソウル/ジャズの作曲・作詞におけるニュアンスも彼らに出会うことで大きく翼を広げたかと思います。彼らの音作りが背景・空間となり、彼女の作曲はいつも音の粒が立つことで、ことばの香りが広がっているからです。実に両者の密なハーモニーが麗しさを放つPOPSなのです。冨田恵一による「海が欲しいのに」。彼の流れるストリングスや緻密に敷き詰められたハーモニーデザインは本当に心地よく芳醇な音があります。また「愛にメロディ」(原田郁子・永積タカシ)、「若葉の頃や」(中納良恵・堀込奉行)なども、彼女の声のために仕上げられた奇跡的な調和をみることが出来、彼女の甘美な代表曲達です。「ロマンスをもう一度」。ミュート声で子音をタッチする際のしなやかで澄んだ明るみ。この素朴な品の良さが彼女の麗しさでしょう。日本女性の美しさとは例えば所作だと思います。そこに宿る凛とした品格とたおやかさです。畠山美由紀の歌声に感じる美しさは当にそれなのです。そんな歌声を筆にして描いたような絵が、「浜辺の歌」と彼女作詞の「星が咲いたよ」でしょうか。儚い行間をキャンバスに落してゆく筆の、ゆっくりしたスピードは彼女の特徴ですね。日本のうたが持つことばの美しい情景の滲ませ方。後者の童謡のような懐かしさへのアプローチではそれがよく表れています。Norah Jones「Don’t Know Why」、Carole King「So Far Away」などの情感は当に彼女にぴったり。原曲に迫るオリジナリティが演奏されています。例えば「The Water Is Wide」は少し高く出てしまったそうですが、それが凛としており彼女の澄んだ個性になって刻まれました。7と14のJesse Harrisと一対一の演奏は、聴き手をまどろみや、魔法めいたアンニュイさに誘います。11ではリリー・フランキーの美声が注目。そして「翳りゆく部屋」は特に聴き所で、低音域での柔らかい包容力もこの歌手の特徴であり楽曲を昇華させます。「くちづけ」はストリングスの陶酔度が強い編曲。16「Timeless」は菅野よう子の感動的な旋律の英語曲です。最後に、彼女の詞によく映される緑の原点は「遠い灯、遠い場所」気仙沼の景色にあるんですね。 CHRONICLE 2001-2009 関連情報
畠山美由紀。日本語をたおやかにうたえる数少ない40代のシンガーです。その彼女にとってはじめての日本語カバーアルバム。特に、ちあきなおみを2曲も歌うカバー企画は珍しい試みです。「それぞれのテーブル」「紅い花」。彼女を好きでなければ、知らないうたでしょう。しかも「紅い花」では、ちあきなおみの節回しをほとんど完コピでカバーしています。これが驚きでした。ちあきなおみの歌声は、彼女のうただけが最も中庸のラインであり、最も落ち着いたスピードで豊かなレガートの軌道を描きます。また「紅い花」は、楚々として余計な個性をできるだけ削ぐうた。切なさも笑みも、その通りの感情では歌いません。微妙な感情を俯瞰しグラスに漂わせる歌声表現が要ります。自然なままに助詞や語尾をきれいに着地させてゆく、ちあきなおみの声が最も美しく聞こえるうたの一つなのです。それへ畠山美由紀は忠実に挑んでおり、たいへん難易度が高く勇気のいるパフォーマンス、いちばんの聞きどころです。みごとに彼女はちあきなおみが描く中庸のラインに寄り添い、繊細な引き方と、僅かな憂いの表情までその通りに滲ませているのです。すこしでも歌い手が我を出すと、とたんに情景のバランスが崩れる難しさも、畠山美由紀は声色の表情の幅をかなり抑制してこのうたに臨んでいます。その抑えた声の佇み方から浸透してくる曲想はさすがでした。そんなときこそ畠山美由紀というシンガーの艶や母性が最も表れる瞬間ですから。そんな楽曲への歌心と、助詞をひいたり鼻濁音で歌える日本語技術の両方があって成しえるレベルの歌声が聞けます。ほのかな薄紅が頬を染めるような温かみや、微妙な目線の明るみを現代で再現できるカバーは、畠山美由紀くらいかもしれません。 歌で逢いましょう 関連情報