わずか五年の間に五百余点の絵を描き上げ、その後自殺を遂げた無名の画家・東条寺桂。彼に興味を持った学芸員・矢部直樹は、遺された二枚の絵、《殉教》《車輪》に込められた主題を、図像解釈学の手法を用いて読み解こうとする。やがて浮かび上がってきたのは、二十年前の聖夜に東条寺桂の義父の家で起きた、二重密室殺人の謎。二つの部屋でほぼ同時に、しかも同一の凶器で行われた不可能犯罪の真相とは……?本作は枠物語的構成が採られており、“額縁”に当たる第一部と第四部の間に、矢部が東条寺桂の作品と人物像を読み解こうとする第二部、そして、二重密室殺人事件の顛末を記した東条寺桂の手記である第三部が挟み込まれています。第三部は、典型的な《雪の山荘》ものといった様相を呈し、関係者による推理合戦も行われ、なかなか説得力のある仮説が提示されるのですが、それ以上に、読者を真相から遠ざける巧みな叙述トリックが素晴らしい。そのための伏線は、手記の中だけでなく、矢部と事務員とのミステリ談議の中でもぬけぬけと張られており、驚かされます(あと、事件の真相を暗示する「プロローグ」の記述も巧妙)。東条寺桂が遺した二枚の絵については、図像解釈学にもとづき、矢部が絵解きをするのですが、その営為によって、東条寺桂の人物像が浮き彫りになると同時に、浮かび上がった絵の主題が、事件の真相を象徴していたという仕掛けには、感嘆させられました(タイトルに仕掛けられた“罠”も心憎いです)。 殉教カテリナ車輪 (創元推理文庫) 関連情報
主人公がある絵画をきっかけとして、夢の中での館の連続殺人に巻き込まれるという異色の推理作品。設定は奇抜だが、連続殺人自体は本格路線の推理趣向が取られており、夢の中の殺人を起きてから解決するというメタ構造の凝った趣向が楽しめる作品。肝心の夢の中での館の連続殺人ネタのインパクトがやや弱い感もあるが、充分楽しめる作品である。 冬のスフィンクス (光文社文庫) 関連情報
飛鳥部氏の鮎川賞受賞後の1作目であり、またまた西洋古典絵画のバベル崩壊をモチーフにひなびた孤島での中学校を舞台にした連続殺人事件が展開する。絵画論との融合が見事だった殉教カテリナ車輪と比べると、この絵画論との融合スタイルにこだわるあまり、やや無理やりな展開になっていて、ミステリーとしてもインパクトがやや弱くなっているのは否めない。飛鳥部氏の作品としては読後のインパクトがあまりない作品であるが、鬼門の2作目としてはスタイルも確立しつつあり、まあ上出来と言える。 バベル消滅 (角川文庫) 関連情報