千年の愉楽 (河出文庫―BUNGEI Collection)
「千年の愉楽」は六つの短編からなる。主人公たちはおおむね享楽的で退廃的。実際にいたら眉をしかめたくなるだろう。放恣な性にも嫌悪感を抱くに違いない。
だが、何とも艶やかなのだ。容易に生を手放してしまうあやうさを秘めながら生きる彼らが。なぜか。それはこの物語が、この本を手に取る現代に生きる我々とは別種の価値観を通して語られているからである。即ち、生まれてきた彼らをとりあげた産婆・オリュウノオバの語りによるからだ。
読み書きができず「路地」の世界しか知らない老婆の内的世界に同調できるのは、ひとえに語りの力―文体の力ゆえであろう。――陽炎のように情景をたちあげ、主人公たちの焦燥感や虚無感に切なくさせるまでの。
オバは一箇の人間として在るのではない。「路地」の語り部、つまり存する共同体の歴史そのものなのである。そんなオバを通して泡沫のような彼らの生を俯瞰的に眺めていくと、「時間」が無化され、目くるめく感覚に陥るだろう。
この感覚に酔いたいがために何十回となく読んでしまいそうな作品である。
日本の路地を旅する
著者の出自が出自なので、
「私は偏見なんて持たないわよ」
という初期の白木葉子的なミエミエの論調や
「差別を許すな」的な口調がないので、
安心して読める。
いま、こういった本は本当に少ない。
雑誌では実話ナックルズでの連載くらい
(本書をまとめた連載)。
若い人ほど、こういう本を読むべき。
自分が生まれた家、土地、先祖のことなんて、
ほとんど知らないはずだから。
十七音の海 俳句という詩にめぐり逢う 【Amazon:著者朗読音源プレゼント】
選ばれている句も味わい深いですが、言い過ぎないシンプルな解説が想像を描く余白を残してくれて、とても気持ちよかったです。
わたしは俳句を始めてみたいなと思っていたので、もちろんドンピシャでしたが、
俳句に特別興味がないひとにも「時や人をもっと感じよう」とか「『ことば』をもっと大事にしよう」とか、丁寧に生きることを思い出させてくれると思います。
古来から日本人がそうしてきたように。
路地へ中上健次の残したフィルム [DVD]
中上健次にまつわる映像の層の薄さは、如何ともしがたいものがあった。テーマがテーマだけに「差別」とどう向き合うのか、映像を作るものの覚悟が問われる。NHK教育テレビのドキュメンタリーは、一歩、その点で抜きん出たものといえるが、それでも不満が無いわけではない。まして柳町某監督の「火まつり」は論外。
そのような中で青山監督のこのフィルムが出た。カメラは田村正毅。やや霞んだ、夏の日の紀州の映像。勿論「夏ふよう」もそこにはある・・・・
本フィルムのメインはあくまで中上による「路地」の映像である。そして中上作品の朗読。新宮への道行き。構造はあくまでシンプルだが、「路地」の映像を邪魔しないものになっている。
青春の殺人者 デラックス版 [DVD]
知る人ぞ知る、超寡作家のモンスター監督長谷川和彦のショッキングな
デビュー作です。少し前に再発された「太陽を盗んだ男」が話題になり
そちらの方が有名ですが、その「太陽」の後半部のような突き抜けた笑い
は一切なく、いかにも70年代なダークな展開、演出で貫かれています。
しかしながら、この監督独特のシュールな味付けが、ダークな激情と
渾然一体となり、絶妙ないびつさを醸し出しています。そこに水谷豊
というライトなイメージの俳優を主演に当てることで、そのいびつさを
さらに増し、この上ない芸術映画(娯楽映画)として成り立たせている傑作です。