百物語 (新潮文庫)
不思議や妖怪変化は、現代の日本ではひっそり息をひそめている。
まれに出てくる不思議の話やお化けの話は、悪意に満ちて奇妙に恐ろしげであったりする。
杉浦日向子の「百物語」の妖怪変化は、不思議なくらいにすぐそこにあり、不思議なくらいに「怖くない」のである。
電灯のない江戸の薄暗がりの中で、不思議はきっと隣人だったのだ。
それぞれは他愛もない物語りながら、一冊の本にまとめられたとき「百物語」は見事にひとつの世界観を示している。
それぞれの物語で作者が実験的に技法を変えている様子もみる価値がある。
おすすめの一冊。
和本の海へ 豊饒の江戸文化 (角川選書)
筆者によると、近代人の江戸評価は何度も変転しているそうだ。近代が成熟した今、「江戸に即した江戸理解」が必要だという。そしてそのために江戸文化のインフラである「和本」の豊穣な海へわれわれをいざなうのが本書である。
武士から庶民まで様々な人々に親しまれた和本のテーマは、動物、賭博、易占、言葉遊びなど多岐にわたる。一見してカビ臭い印象を受けるかもしれないが、とんでもない。そこには豊かな広い世界が広がり、人々の血の通った好奇心やユーモアがあふれていて、本質的には今日のわれわれと大いに通じるものである。また、それを許す社会的雰囲気、言論・出版の自由があったということだろう。筆者の文体のタッチもなかなか楽しい。
また、単におもしろおかしいだけではない。ネズミの交配について記した「珍翫鼠育草」という本は、メンデルの交配実験より79年先んじていたという。経験的にだが、進歩した科学的知識があったわけだ。
今でもレッサーパンダが立ったとか、新しい占いが流行っているとか、パチンコの新機種が登場したとか、パロディやネットスラングやジャーゴン集がメディアをにぎわしているのだから、現代につながる大衆文化・メディア文化は江戸のこの時期には成立していたといえるのだろう。
百日紅 (下) (ちくま文庫)
上巻は、北斎とお栄の周辺のことを
描いているところが多かったが、
下巻になると、一転して、
江戸の「不思議」が多く描かれるように
なっていると思う。
あきらかに、「百物語」への道筋が、
ここでできていたのだろう。
単行本では、
最後の2編は収録されていなかった、
とあるが、やはり作品の終わり方としては、
ないほうが、いいと思う。
それでも、最高です。
一日江戸人 (新潮文庫)
一体、江戸時代の日本人はどんな生活をしていたんだろう?映画やTVでその生活ぶりを見るけれど、本当にそうなのだろうか?
この本は、そんな疑問をすべて明らかにしてくれました。イラスト付きで書かれたこの本は、実に懇切丁寧な書き方がされています。そして、驚くべきことも沢山ありました。
一番驚いたのは、「江戸人」たちは、夏休みをしっかり取っていたことでした。寝具を質に入れ、その金で7月半ばから8月まで、しっかりと夏休みを取っていました。現代の日本人は、「働き蜂」の如く、短い夏休みもなかなか取れません。もっと、余裕を持った暮らしを現代人もしなければいけないのかも知れませんね。その余裕の無さが、ひょっとすると最近の日本がおかしい原因かも知れません。「宵越しの金は持たない」と言う「江戸人」の心意気の方が、現代の「拝金主義」よりは、勝っているのかも知れません。もう一度、「江戸人」の生き方を考えて見ることも必要かも知れないなと思いました。
百日紅 (上) (ちくま文庫)
杉浦日向子の世界は風通しが良い。
しっかりとした時代考証に支えられ、近代日本以前の日本を見事に描き出す彼女のスタイルは浮世絵を取り入れ、見ているだけでも楽しい。
なかでも代表作「百日紅」は北斎を取り巻く人々(とくに娘であり浮世絵師でもあるお栄に視線を向けて)描いており、見事に生きている江戸の人々の躍動感を伝えている。
しみったれていずに、貧乏でもあっけらかんと生きている人々の気持ちのよさがここにある。