津軽世去れ節 (文春文庫)
「津軽じょんがら節」
津軽三味線の隠れた名人がいたという物語です。
青年が津軽三味線に惹かれ、三味線弾きになってゆく過程が、瑞々しく
巧みな筆致で描かれている。
津軽三味線を志す人にとっては、共感できる部分も多いと思われる。
またボサマの三味線や、村の津軽三味線競演大会など、津軽三味線の
草創期における情景が、読者の胸に鮮明に熱く迫ってくる。
頁数が短いこともさることながら、熱を帯びた文体に引き込まれ、
厭きることなく最後まで一気に読み終えてしまうことでしょう。
津軽三味線の激しい音色が、全編に強烈に響いている。
津軽三味線奏者、必読のバイブル第一号は、これに決定だ!!
津軽民謡の名人「嘉瀬の桃」の人生を鮮烈に描き出した表題の秀作
『津軽世去れ節』の他五篇を収録したものである。
津軽世去れ節 (津軽の本 1)
「津軽じょんがら節」
津軽三味線の隠れた名人がいたという物語です。
青年が津軽三味線に惹かれ、三味線弾きになってゆく過程が、瑞々しく
巧みな筆致で描かれている。
津軽三味線を志す人にとっては、共感できる部分も多いと思われる。
またボサマの三味線や、村の津軽三味線競演大会など、津軽三味線の
草創期における情景が、読者の胸に鮮明に熱く迫ってくる。
頁数が短いこともさることながら、熱を帯びた文体に引き込まれ、
厭きることなく最後まで一気に読み終えてしまうことでしょう。
津軽三味線の激しい音色が、全編に強烈に響いている。
津軽三味線奏者、必読のバイブル第一号は、これに決定だ!!
津軽民謡の名人「嘉瀬の桃」の人生を鮮烈に描き出した表題の秀作
『津軽世去れ節』の他五篇を収録したものである。
高峰秀子
時々本棚からこの本を取り出しては、
スクリーンの中の高峰氏を眺める。
頭がぼーっとしたまま時間が流れてゆく。
不思議なお顔である。
一分の隙もないようでいて、たおやか
実直さが艶やかさを呼んでくる
よい香りが微かにたちこめる…
「馥郁たる」という言葉の意味を知る。
「浮雲」の頁に収められている、ある写真に目がとまった。
撮影の合間であろうか、森雅之と接近して言葉を交わしている小さな写真だ。
この一枚だけが別人に見えた。
ほんの少し違った人生だったならば、
こんなお顔で日常を過ごされていた、のだろうかと、考えてやまない。
天皇はどこから来たか (新潮文庫)
著者の長部日出雄さんが、フィリピン・ルソン島北部山岳地帯で棚田を眺めた時の情景描写が非常に印象に残ってしまった。
案内してくれた大阪のN氏が、”昔の邪馬台国というのは、こういうところやったやないか、という気がするんですよ。”との言葉が、読んでいる私にも、その情景が眼前に迫ってくるようだった。
氏は、このルソン島の山奥の情景と臼杵の高千穂の景色が、あまりにも似ているから本書では何度も繰り返し書いてる。
はるかな昔、南の海の彼方より、島から島を経て、日本列島までたどり着いた人達が日本人のルーツであり、邪馬台国という国を造ったのではないか、と氏は語っているように読んでしまった。
巻末の数ページ(P303〜P325)には、氏の語りたいことが凝縮されていると感じたのは私だけではないと思う。
少し飛躍した推理なども交えながらも、書き手の情熱が伝わってくるから、なかなか面白く再読してしまった。
富士には月見草―太宰治100の名言・名場面 (新潮文庫)
かなり気合いの入った、同郷の長部日出雄さんが太宰の名文を選んで解説したアンソロジー。
太宰治はタイトル、出だし、エンディングが抜群に上手いという長部さんの指摘にはハッとさせられました。
小学校高学年から中学校低学年にかけて太宰治にハマって、その後も好きなんだけど、それほど深くは読んでいない、という人は多いんじゃないかと思うのですが、もし、そんな層をターゲットにしようと新潮社の編集が考えたら、少なくとも個人的にはクリーンヒット。
『満願』のラストに《医者が若い夫人に何を禁じ、その日、何のおゆるしが出たのかは、あらためていうまでもないであろうけれど、それが「言外の意味」として表現されたところから、明るいエロチシズムと生きる歓びを、読む者にまざまざと伝える清新な感動が生まれた》という、なんつうか"賛"みたいなものを書く長部さんに共感します。
太宰の文章は絵画を感じます(『黄金風景』のラストとか!)。だから、この文庫本も、全体のつくりが右頁に絵があって、それに賛をつけるような感じになっている感じがいいんですよねぇ。あと、長部さんは太宰治の明るいエロチシズムと笑いを強調するんですが、それも随分と感じさせられました。