北上次郎選「昭和エンターテインメント叢書」(2)大番 上 (小学館文庫)
主要登場人物にモデルがあり、株式会社や証券会社もモデルがある。つまり戦前の昭和の証券業界を背景に戦前戦後の変遷を描いた経済小説だが、当時の花柳界や風俗の世界も描く。主人公やヒロインの人間関係の緊密さと躍動が面白い。いまは映画ですら描く事の困難な昭和の社会の雰囲気を味わわせるのは作者ならではともいえる。戦後における華族の没落や、戦中の闇取引き。226事件からスターリン死去までの動きを挿入した昭和の歴史の展開も興味深い。昭和初年生まれの私には年代ごとに事件が思い出されて懐かしい。そして私はこれは名作だと考えている。
淡島千景・原節子らの競演による映画で一層人気があったが、かつて製作されたビデオ(全4巻)もないのが惜しまれる。ただ主人公ギュウちゃんを商標にした銘菓「大番」はいまも宇和島市で数軒が製造しよく売れているのが愉快だ。
信子 [DVD]
清水宏監督がしばしば題材として取り上げる「学園」もの。
九州出身の高峰三枝子が教師として東京の学校に赴任してくるところから物語は始まる。
端的に言えば、事なかれ主義の上司・同僚に対して教師としての役割を全うしようとするヒロインの物語だが、高峰三枝子が美しく、凛とした教師像を好演している。
一方、生徒たちだが、1980年代以降の学園ドラマを見ている今の感覚からすれば、なんとすれていなくて純情なのだろうかと思う。問題児といっても、かわいいものだと思う。
演出は、他の清水作品同様テンポがあり、決して派手なテーマではなく古い映画だが、最後まで視聴者を飽きさせることはないと思う。
大番〈上〉
ひょんなことから故郷を捨てて株の世界に飛び込んでいった男の一代記、
「最後の相場師」の物語は、実に痛快であり、どこか一抹の哀しさを残す読後感だった。
まあ、詳細を書くとネタバレになってしまうのでとりあえず措いておいて。
本書は昭和30年代の新聞紙上で大変な賑わいを見せたというが、
それも十分納得のいく仕上がりになっている。
小説の結構、文章の練達、登場人物たちの魅力がこれほど活き活きと
伝わってくる小説も最近の小説では中々お目にかかれないのではないか。
満州事変から支那事変〜太平洋戦争〜終戦〜戦後についての、
取引所などを中心とした描写がまた見事で、当時の取引所に立ち込める空気、
花柳街の空気、旧体制下の軋轢なり野心、浪漫なりがありありと浮かんでくる。
文章表現には少なからず女性を物扱いするなど、
女性読者の反発をかいそうな部分もあるが、それらも一つの時代感覚、
というよりも主人公の型破りな女性観と捕らえるとうなずける。
著者の円熟期の馥郁たる香りが立つ名著である。知らぬは恥!
海軍随筆 (中公文庫)
できれば「海軍」を読んでからがいいです。
この随筆集は、その方が胸にずしんと響きます。
海軍軍人に対する獅子氏の温かい眼差しが感じられ、
自分もひょっとすると獅子氏が触れた時代に、
そう、獅子氏のすぐとなりに立っているような
そんな気になる一冊です。
当時の日本の風は、今よりもっとサバサバとして爽快だったのでしょう。