カサンドラ・ウィルソン: Traveling Miles [DVD]
音楽のイメージを言葉で表現することは難しいのだろう、Cassandraがメンバーと曲を作り上げていく様子があるが、言葉だけでなく手振りを交えて表現している。あれだけでよくメンバーに理解されるものだ。曲が出来上がった際のほんとにうれしげな様子がうらやましい。Csandraと夫イサークとの会話は言語表現の不十分さがもどかしい、感覚表現が二人とも優れていることがわかる。
これらは、音だけを聴いていたのではわからない、DVDならではのことだろう。
Another Country
チェロを思わせる官能的な低音域ボイスと、多数のジャンルを交差させた自由な音創りでボーカル好きを魅了するカサンドラ・ウィルソンの新作。
ジャケットの彼女の穏やかな笑みに目を奪われる。BN時代は憂いを湛えたり、横を向いた表情が多かった気がするが、レーベル移籍第1弾とな
る本作は、ジャケットがそれとなく今までとは異なる作品の空気感を伝える様だ。
と言っても演奏構成に大きな変化は無い。本作はイタリア系ギタリストのファブリツィオ・ソッティを共同プロデューサーに迎え、フローレンス・NY・
ニューオリンズの3都市で制作、ここ数作では最もギター演奏を前面に押し出している。歌とギターを中心に構え、その周辺にパーカッション・ア
コーディオン等を配置した簡素なバンド構成は、BN初期に「Blue Light Til Dawn」「New Moon Daughter」といったボーカル作品の金字塔を産ん
だクレイグ・ストリート時代を彷彿させる。しかしあの頃と決定的に異なるのがカサンドラの歌の表情だ。
BN初期の彼女の歌には、他者を近づけまいと言わんばかりの凄みと深い憂いがあった。それと比べ現在の彼女の歌は肩の力が抜け丸みを帯
びてきた。決して表現の掘り下げが浅くなった訳ではなく、歌の深みはそのままに、他者が入り込める余地というか余裕が生まれた気がする。た
だ以前の張り詰めた緊迫感は無くなり、そこに物足りなさを覚える方はいるかもしれない。
全10曲中9曲(2曲がギター・ソロ)がカサンドラやソッティ等の自・共作だが、どれも良いメロディを備えかなり充実している。耳を惹くのが、ラテン
要素の導入だ。「Almost Twelve」では軽やかなボッサ・リズムに、カサンドラの気怠い声が揺り動かされる。温みある生演奏に支えられ気持ち良
さ気に声がスキャットする様は、彼女のクラシック「Little Warm Death」を思い出す。作中唯一のカヴァーであるカンツォーネ「O Sole Mio」では、
やや声を張り歌い上げる彼女の声を、うっすら流れるアコーディオンや、ソッティのギターが織り成す哀愁ある響きでくるむ様が素晴らしい。
アコギとエレキの2重奏・乾いたパーカッション・さり気なく現れるアコーディオン…と全てが過不足無く鳴り響く哀愁たっぷりの空気の中、カサンド
ラが歌い上げる情深い旋律が染みる「Red Guitar」は個人的なベスト・トラックだ。
素人耳に本作の音が実に鮮度高く響いたことも申し添えたい。各楽器を響かせる余白を十分とったアンサンブルが産む一つ一つの音色が明快に
響き交りあう、その快感を是非実体験して頂きたい処。
彼女はプログラミングの導入等自らの土臭い歌に新しい要素を掛け合わせる試みを行ってきた。従来と比べそれらの実験色は後退したが、代わ
りに本作には彼女の声に最も合ったスタイルで歌を堪能出来る安心感があり、彼女の歌を気軽に楽しみたい方には嬉しい創りだと思う。
Silver Pony
ジャンルを超越した選曲センス等「型破り」なイメージのある彼女の作品には珍しく、スタンダードを中心とした構成ながらも
中々の好作だった「Loverly」から2年半、待望の新作の登場だ。ここ数作プログラミングを導入する等新たな方向を模索す
る一方、肝心の作品の質が今一つの印象だった彼女だが、久々に心底楽しめる作品をドロップしてきたという印象。
題にも示した通り、1・2曲目は前作にも収められていた曲のグラナダでのライヴ音源であり、他にも欧州ツアーでのライヴ
音源を複数収めている。残りはニューオリンズでのスタジオ録音であるが、「Beneath a Silver Moon」ではRavi Coltrane(ts
)、「Watch the Sunrise」ではR&B界のスターJohn Legend(vo)をゲストに招き各楽曲に華やかな色を添えている。
しかし何よりも本作の特徴は、ライヴ録音曲を中心とした各バンドメンバーの卓越したプレイが前面に押し出され、従来の彼
女の作品以上に他の楽器にたっぷりしたソロ・パートをあてがい、様々な楽器による演奏を聴ける楽しみが詰まっている。
例えば「Saddle Up My Pony」での冒頭3分にも及ぶReginaldによるブルージーなギターソロ・パートの渋みと味わい深さ、
冒頭「Lover Come Back to Me」で聴ける、前作のスタジオ録音とは別曲のようなHerlim Raileyの気持ち良いブラシ音とスピ
ード感あるドラムプレイ、Jonathan Batisteによる長尺のソロ・パートでの演奏の熱狂振り等、今回一部メンバーを入れ替え
たという彼女の新形態バンドのお披露目の様な内容になっている。どの曲も前作よりも数段面白さを増しているのだから凄い。
一方スタジオ録音ではStevie Wonderのクラシック「If It's Magic」の美しさに惹かれた。原曲はボーカルとハープのみという珍
しい構成だが、あの夢見るようなハープの音色をMarvin Sewellによる温もりあるギターとJonathanのたゆとう様なピアノの
音色で見事に再現しており、それらに濃厚に絡むようにゆったりと言葉を刻みこむCassandaのボーカルが絶品だ。
スタジオ・ツアーのライヴ音源が交互に自然に流れていく贅沢な1時間。本作を聴いて感じたのは、やはり彼女の深みのある
土臭いボーカルには、生楽器による手造り感溢れるサウンドが一番嵌るということ。近作での挑戦的な作風よりもリラックス
感が漂い、初期ブルーノート作品との凄味溢れる感触とも違う、正に現在の彼女の姿を見事に捉えた傑作だ。
New Moon Daughter
良いステレオを使っている方ならわかると思いますが、
録音が恐ろしく良いです。
腹に響く重低音から、伸びる高音まで、信じられないほどクリア。
この録音を土台にして、カサンドラの
これでもかというほど魂のこもった歌声があふれ出します。
ジャズ的な歌い方ですが、ジャンルとしては
ジャズというよりポップスだと思います。
激しいスキャットはありませんし、アドリブ合戦もありません。
まあ、そんなことはどうでも良くなるほど魂のこもった
本物の音楽です。いちおし。