ふらんす物語 (岩波文庫)
あめりか物語を岩波で読み、ふらんす物語を新潮文庫で読んだが、岩波文庫のほうが文字の間隔や注の読みやすさにおいてだいぶ優れているように思う。
内容に関してはいまさら言うまでもないが、これほどまでの詩情を織り込んだ海外の生活記というものがあろうか。この作品に横溢する人間に対する深い洞察、表面的な物の見方への侮蔑、著者の著しい芸術至上主義などなど、いずれも誠に文学的価値の高いものだ。パリに住んだことはないので比較は控えるものの、NYに住んだことのある私は、100年前に書かれたこの本以上にニューヨークを鮮やかに描ききった日本人は他に絶無だと思う。荷風の人間、社会、自然、芸術への愛情とそれらの題材を昇華しつくす圧倒的な文章力。これ以上を望むのが難しい日記と断じて差支えないかと思う。
日本人の戦争―作家の日記を読む
太平洋戦争が始まった1941年から敗戦後、連合国による占領の最初の1年が終わる1946年までの間の5年間にわたって日本の作家(または将来作家になった方)がつけていた日記を抜粋、そこから当時の世相、そして敗戦後のそれぞれの立場や情勢による違いを浮き彫りにしようとした本です。
日記そのものは発表するつもりであったものがほとんど無かったものばかりであるので、その点も考えると非常に感慨深いものだと思います。日記文学と呼ばれる分野にも確かに興味ありますが、同じような面白さがありました。より生々しいその日を振り返る、しかもおのれに宛てた記録という日記に絞ったことで、感情的でもあり、心情にダイレクトで近いものでもある、と思います。
やはり時系列を追って紹介されているのですが、開戦当時から冷静という印象を感じられた永井荷風は、それなりに老大家として実績もあり、お金にも困っていなかった部分も大きいという情報は知って良かったです。これが即お金に困っていたら態度や冷静さは違っていたか?と問われるとそこまで分からないのです。永井荷風のある意味軍部のマッチョさを「小馬鹿」(馬鹿にするのではなく小馬鹿)にした、愚直というやりすぎを笑える余裕を感じさせます。その辺に金井美恵子さんにも通じるものがあると思うのです。真剣にならざるを得ない日常であり熱さを感じさせる毎日であったであろうことを理解しつつ、それでも融通の利かないことに賛美のみを与えることへのブラックな笑いがあると思うのです。
意外だったのは山田 風太郎さんの日記からの抜粋が過激でそして熱い。また迷いというものがなく、ブレなんて敗戦後にも起こっていない。かなり意外な展開でした。当然それだけではないのが山田さん、以下抜粋になりますが、この敗戦後の告白が(当然この時点での日記の公開などまるで考えていない、ただ自分への決意のようなものであると思います)私には山田さんをそれ以外の作家の日記とも全く違う面を認めます。
P189より
「一体、神州とは何であるか。自分の祖国に誇りを持つのはいい。また持つべきであり、その感情を鼓舞するための詩語としては適当かもしれないが、むやみやたらに神州不滅を叫んで総ての運命をこの一言に結びつけ、それで平然としていたのはどうだろう。
中略
僕は民主主義というものはどんなものか知らない。共産主義とはいかなるものか、それも僕達日本人は教えられていないのだ。悪い悪いと頭ごなしに教えこまれるだけで、なぜ悪いのか、その理屈は一切わからないのだ。ほんとうに悪いかも知れない。しかし、なぜ悪いのか、それを一応疑ってみることは許されないだろうか。疑うのが人間として、当然ではあるまいか。
中略
僕は天皇陛下は敬愛する。しかしその敬愛を商売にしているやつはきらいだ。また正直にいって、僕は天皇がなくなっても精神的には死なない。日本人の大部分が死なないだろうと思う。ほかに生きてゆく愉しみはいっぱいあるからだ。」
なかなか言えないですし、この熱い時期中での冷静さが表れていて、それが「同日同刻」に繋がったのかな?と思いました。
また、渡辺一夫という人物もかなり気になる感覚の持ち主でして、これも是非読んで見たくなる日記からの抜粋でした。かなり頭の良い方の文章だと認識しました。エッセイも書かれているようで気になります。
そして、変わっていいるという点においては1番だと思うのがやはり内田 百'關謳カです。この方のスタンスこそ、お金に困っていた永井荷風が取るべき姿勢であったと思います。1番関係ないようでいて、もっとも覚悟が必要で、そのうえでの遊び心なのだと、個人的には思います。やはりセンスある方です。
開戦から敗戦の流れが気になる方にオススメ致します。
墨東(ぼくとう)綺譚 (岩波文庫)
この作品は津川雅彦と墨田ユキで映画化されましたが、映画も情感あって、
ただ肉体を売り買いしている人肉市場ではなく、荷風の文章が持っている
情感まで伝えているような気がしました。小説としては、もういい歳の
上品なオヤジが若くてきれいなユキに惹かれて行く筋立てが、気持ち好いです。
挿絵も素晴らしいし、何度も、どこからでも入れます「抜けられます」。
図説 永井荷風 (ふくろうの本/日本の文化)
河出書房新社の図説シリーズ最新刊、
カラーページで構成されたいわゆるムック本、
永井荷風の生涯と作品紹介がコンパクトにまとめらたファンには便利な内容、おそらく川本三郎の荷風関連エッセイ本の読者を最大の購買層として編集されたものとおもわれる、
20年以上ロング・セラーを続けている新潮社の文学アルバム・シリーズの永井荷風編を21世紀版として若干グレードアップした印象の好書(もちろん重複する写真も多い)、
眺めることを目的とすれば本書のほうが楽しいが、2冊を比較すればそこにもまた時代のうつりかわりが感じられるところも荷風ファンには得がたい興趣かもしれない、
星四つなのはロング・セラー確実の本なのにじゃっかん高価格の印象を受けたからです、
Jブンガク マンガで読む 英語で味わう 日本の名作12編
マンガと英語で近代文学を覗いてみる本。
明治から昭和初期の12作品が紹介されています。各作品には18ページずつ割かれていて、その18ページが更にいくつかの小部屋に分かれているので、どこからでも読めます。まるであらかじめつまみ食いされる事を想定しているかのよう。気軽に読める本ですね。
マンガと日本語と英語で粗筋が紹介された後、『キャンベル先生のつぶやき』という部屋では原文と英訳文が示されます。日本文学の専門家であるキャンベル先生が、英訳に際して感じたことなども書かれていて、敷居の低い本書の端倪すべからざる一面が垣間見えます。
文学の紹介本としてはかなり異色の一冊かもしれませんが、読み易いです。