黒百合
’08年、「このミステリーがすごい!」国内編第7位、「週刊文春ミステリーベスト10」国内部門第8位にランクインした、職人肌の名匠、多島斗志之が精魂をこめ、繊細な技巧を駆使した、瑞々しい情感にあふれたミステリー。
昭和27年、14才の寺元進は、東京からひとり離れて父親の旧友浅木の持つ六甲山の別荘で夏休みを過ごすことになった。そこには浅木の息子で同い年の一彦がいた。また近所の裕福な家庭の、これもまた同い年の倉沢香とも出会う。彼らは意気投合して、ハイキング、水泳、スケッチと毎日のように夏の避暑地の日々を過ごす。やがて進と一彦は香にほのかな恋心を抱くようになる。この小説のほとんどを占めるのはつたない進の日記から始まる甘酸っぱい青春物語の懐古である。
その一方で、進と一彦の父親たちが昭和10年、ナチス政権下のドイツはベルリンで出会った不思議な女性との交流と、昭和16年から20年、戦時下の神戸における鉄道員と女学生の恋と、それが原因で起こる殺人という、ふたつのエピソードが挟み込まれる。
はたしてこれら三つのパートがどう関っているのか。読者の興味は尽きない。そして時を越えた複雑な人間関係が次第に明らかになり、これまで見えていなかった風景が終盤浮かびあがる時、作者の企みが現れる仕組みになっている。
多島斗志之は、基本的には淡い文芸的な青春恋愛小説を読者に読ませながらも、思いがけないところに伏線を張り巡らせていたり、<六甲の女王>なるミスディレクションに惑わせたりするのである。
本書は超絶的なテクニックに支えられた傑作である。
少年たちのおだやかな日々 (双葉文庫)
裏表紙のあらすじに惹かれて購入しました。そして、あっという間に読んでしまいました。
【少年】という年代の主人公たちが、次々に経験していく、大人の醜さや世の中の醜さ、知らないでいればよかった現実。それがどんなことか、きちんとわかってはいる。でも、それを信じたくはなかった。純粋であるがゆえに、無垢であるがゆえに、無知であるがゆえに、知りたくはなかったリアルを眼前に突きつけられて、ひどく動揺する少年たち。
どれもかれも、一言であらわすならば【報われぬ物語】。
【言いません】クラスメイトの母親が不倫をしている現場を見てしまった、則史のはなし。
【ガラス】恋人が語るある話に狼狽する、恭一のはなし。
【罰ゲーム】親友の姉とゲームをすることになった、明彦のはなし。
【ヒッチハイク】友人と共におこなったヒッチハイクで、あるカップルの車に乗せてもらえるようになった、克也のはなし。
【かかってる?】催眠術をかけられたかもしれないと相談をもちかけられる、徹のはなし。
【嘘だろ】姉の婚約者が犯罪の常習犯だと知り、彼の正体を暴こうとする、潔のはなし。
【言いなさい】教師との話し合いを続ける、伸広のはなし。
腐った世の中に捨てられた感情たちはみな、吸収されていく。知らぬ間に。
海賊モア船長の遍歴 (中公文庫)
1998年に出た単行本の文庫化。
イギリスによくある海洋冒険歴史小説のパスティーシュ。
18世紀イギリスの船乗りがひょんなことから海賊となり、東インド会社やオランダ、他の海賊たちと争いを繰り広げていくという小説。
続編に『海賊モア船長の憂鬱』(集英社単行本2005年→角川文庫2009年)がある。
イギリスの海洋冒険小説(ホーンブロアーとか)を良く研究して書かれている本だ。当時の風俗習慣、政治状況なども詳しく調べられており、日本人が書いたイギリス海洋ものという不思議な位置づけでありながら、読んでいて違和感が少ない。
『不思議島』、『二島縁起』など日本・現代を舞台とした海洋もので冴えを見せてきた著者だが、本書も面白い。ミステリには向かない人のようだし、もっとこうした分野で活躍していくと良いのではないだろうか。
文の途中でいきなり改行するなど、かなり独特の感性の持ち主のようで、慣れるまではずいぶんと読みにくく感じた。
症例A (角川文庫)
恐らくこれほどまでに、綿密な取材や文献の
検索、練ったプロットの作品は見たことがない。
しかも、本当のもう1人の主人公がわかった時、
それが新たなドラマの始まりとなっていくストー
リーにはさすがというしかありません。
またこの小説を読めば、誰もが自分も他人に対して
病気の原因になるような行動は行わないようにしな
ければならないという、今まで気がつかなかったこ
とを自覚させてくれます。
特に親は、しつけと虐待の境界でよく悩みますが、
その際にも、大変参考となるないようです。
但し、この本を読んだ翌日には、記憶がたまにない
といういうことの恐ろしさを知ると、自分はそうで
ないと思っていても、実際無意識のうちではなく
意図的に、危険なものをしまったり、窓をしめたり
したりするようになってしまいました。
人の行動にまで影響を少なからず与えてしまうほど
強烈な作品であることは否定できません。
病気に対する知識を得る為にも、いろんな人に読んで
欲しい作品です。