レフト・アローン (ハヤカワ文庫JA)
著者は異なるが、『象られた力』、『老ヴォールの惑星』に匹敵すると謳う帯の売り文句は正に的確。過去2年のベストSFである前記二作を読んだ方は、本作を手にとって後悔することはないだろう。
表題作は著者の出世作『クリスタルサイレンス』の前日談である戦闘SF&ラブストーリィ。他の4作は、どれも趣きは異なるが純然たるハードSF。「猫の天使」は近未来猫ハードSF。「星に願いを ピノキオ2076」も『クリスタルサイレンス』後日談。「コスモノーティス」は遠未来ポストヒューマン系宇宙SF。「星窪」は『ハイドゥナン』関連の書き下ろし。著者の幅広いSF的思考が伺える傑作中篇集。
鯨の王 (文春文庫)
う〜ん、口惜しいなぁ。
本の帯の推奨文曰く、「深海で繰り広げられる死闘に興奮した」、「読み始めたらやめられなくなる」、敢えて名は秘すが、どちらも冒険エンタテインメント小説を語らせたら信頼が出来る人物たちの惹句とわが国では稀な海洋アドベンチャーとの触れ込みにそそられて読み始めた。
海洋生物学の世界では幻の海獣と呼ばれるダイマッコウが暴れまわると思えたお話にも拘らず、米潜水艦が遭遇するまるでモダン・ホラーのようなゾクゾクするプロローグに、小松左京の「日本沈没」の田所博士を想起させる偏屈で頑徹な鯨類学者の登場、小笠原海溝探索中に発見された巨大生物の遺骨、何者かによる研究所の夜荒らしと序盤は極めて快調なのだが、ここからの停滞が著しい。
巨大製薬会社をスポンサーに自らの夢を追い続ける学者とまだ若き日本の女性パイロット、海底基地ロレーヌクロス、イスラムのテロ組織、米海軍とそれを指揮する冒頭の“事故”で肉親を失って復讐に燃える軍人等、幾つかのドラマが、“幻の海獣”を巡って展開するのだが、これがなんとも冗長なんですね。それなりに個々の人物の内面を掘り下げていけばもっと面白い“ドラマ”になるだろうに、間延びして一向に盛り上がってこない。
“海獣”がその全貌を現した後の最新の米潜水艦とのチェイスはぐいぐい読ませるが、それとて全体のバランスからして1割程度、ダイマッコウが変質化し凶暴になった理由もありきたりで妙に取って付けたようなモノだし、そもそもその悲しみが顕現化されてこないので、彼ら(ダイマッコウ、ね)に感情移入することも、人類(当事者)のエゴに怒りを覚えることもない。
“ドラマ”も不在だし、“海獣”も役不足、“環境問題”へのアプローチも物足らない、著者は書ける作家だと思うだけに残念。
鯨の王
読み終えてみれば、全体のストーリーは長いけれど単純ですが、展開の面白さに引き込まれて読み進めました。
この種の海底ものでは本来見える筈のないものを見えるように書いているケースが多いのですが、センサー技術の範囲内で臨場感溢れる可視化がなされ、少しずつ謎が解き明かされます。
その中で人間と自然との関係についていろいろと考えさせられる物語ですし、最初に散りばめられた謎が最後に一気に氷解するのは快感でした。
偶然は多かったものの、科学的に疑問符のつく記述がなかったこともストレスなく読み進めた一因です(イルカの脳を利用しての操船には無理があるでしょうが)。未知の新種の巨大生物などという到底考えられない設定も、これまで発見されなかった理由も納得できるものでした。
著者の経歴や「謝辞」に記載された人々、そして「あとがき」を読めば、科学的根拠がしっかりしている理由がわかります。
蛇足ながら、「あとがき」は思い切り笑えます。
ハイドゥナン〈4〉 (ハヤカワ文庫JA)
作者はよく破綻させずにこれを書いたと思う。登場人物群が4つに別れているので、視点が1箇所じゃないところがいい。それぞれの状態、背景がよくわかるような書かれ方がなされている。
沖縄トラフの地殻変動、共感覚(これを持った主人公は、自分が統合失調症ではないかと恐れているが)、量子コンピュータ、深海の微生物、与那国島の神、カンダーリ、海底噴火、南西諸島沈没の危機、エウロパの生命、そして周辺諸国との軋轢などなど、なかなかおもしろい。ただ、地球科学(地震・火山・プレート関係)の知識がないと、ややわかりにくい作品だと思う。
「ハイドゥナン」とはどこなのか、南西諸島の沈没の危機はどうやって救われるのか。大体の結末を予想しながら読み進めた。が、最後が惜しい。ハイドゥナンについて、もう少し途中で何度か描写があったら・・・・・。
クリスタルサイレンス〈上〉 (ハヤカワ文庫JA)
2071年、開発が進む火星で、氷の中から謎の生物の死骸が大量に発見される。考古学者の卵の若い女性主人公は調査のため火星に向かう。企業や各国の思惑が入り乱れる火星で、次々怪異現象が。主人公に迫る危機、彼女を守ろうとする謎の存在。ジョジョに明かされていく火星の秘密。陰謀・・・。
あかん。読み始めたら、止まらなくなります。
未来のネットワーク上での戦い(ウイルス、ワクチン、アバター、人工生命)が、逃げる/争うが、リアルに表現豊かに描かれています。
読み応え、満点です。ここまで、未来のコンピュータやネットワークが克明に示された本は、はじめて読みました。
また、火星のリアルな世界での戦闘、戦闘員たち、兵器、ネットワークやコンピュータの進化、火星の開発の歴史、コンピュータはどれだけ人に近づけるか、進化したコンピュータと人類の関係等、読みどころばかりです。
筋も面白く、食事中も読み続ける面白さでした。上下巻揃えておいた方が無難です。