ユリシーズ 1 (集英社文庫ヘリテージシリーズ)
私はただただびっくり。ユリシーズがこんなにケッサクな本だったなんて。エリート向け超難解専門書かと思ってました。
街の人々を<オデュッセイア>の登場人物に見立てた、ブルーム(とスティーヴン、モリー)の心の旅。彼らの弱さ、悲しみや孤独、もどかしさ、やりきれなさなど、声にならない想い(本音)が生々しく伝わってきます。
…と、お話は人間臭く切実なのですが、真面目なんだかふざけてるんだか、と〜にかくおかしいのです。言葉の遊びがお好きな方には、「こたえられない本」だと思います。そんなことよりまずはストーリーでしょ、という方には「めんどくさいだけの本」。お好み次第でしょう。
脚注の多さに一瞬固まりますが、すぐに慣れて独特のノリを楽しめるようになります。例えば向こうから知人が。→「ん。あれは。こんなとこで。(私)すっぴん!。困どきどき惑。はい、チーズ。キンカラコン。」みたいな調子の第1巻を過ぎると、がらりと文体が変わり、格・段・に面白くなります。源氏物語調や夏目漱石調が出て来たり(こういうのをパスティーシュというらしい)、戯曲や問答になったり。まあその多彩なこと!舌を巻くばかりです。(お下品さもまた多彩。女性の皆さんは短気を起こさないよう)
私が特に気に入ったのは、軽快で読みやすい第12挿話<キュクロプス>と第16挿話<エウマイオス>。思わず「ぷ」ですよ。あれこれ考えずにぜひお試しを。 …しかし訳者って凄いですね。
笹まくら (新潮文庫)
この小説は、45歳の大学の事務職員の平凡な日常風景から始まります。どこから見ても、何の変哲もない中年男ですが、実は、かつて「徴兵忌避者」として、5年間日本中を逃げ回った過去を持つ人物だったのです。
小説は、徴兵忌避者として孤独で不安な逃亡の日々を送る青年の姿と、20年後の中年の日々とを交互に描いていきます。二つの時間のコントラストが鮮やかであればあるほど、過去の日々が鮮烈に浮かび上がるという手法です。
この手法は、うまくいっています。他にも、新聞記事の文体や、酔っぱらいのモノローグ(丸谷の独擅場!)など、文体の見本帳ともなっています。
ジョイスを読んだことのある人なら分かると思いますが、眠くなった人の独白は、平仮名が多くなっていき、句読点も少なくなっていきます。そのへんの文章効果をじっくり楽しんでください。
なお、この作品で最も見事なのは、最後の数頁です。倒叙法の記述により、哀切で叙情的な文章が、かつて例がないほど複雑な味わいを生む効果を出しています。
やはり、これは傑作です。
文章読本 (中公文庫)
谷崎の「文章読本」と本書の違いを法律書に例えるなら、谷崎のは基本書、本書は判例集といったところか。
谷崎の著作にも良い文例は出ているが、量としては格段に本書の方が多い。ぼんやりしていると、どこまでが解説なのか引用なのかわからなくなる。
また、本書が書かれた時代の気分も味わえて面白かった。恐らく戦後少し経ってからだと思うが、明治憲法・現行憲法を批判する部分(特に明治憲法)は迫力があった。言葉の力を政治に利用した端的な例として私の記憶にいつまでも残るだろう。
快楽としての読書 日本篇 (ちくま文庫)
丸谷才一氏の定評のある書評の中からの選集。国内編。
その選書、批評、表現全て的確で役に立ってなおかつ面白い。読んだことのある本についての納得の評価、読んでいない本はつい購入を考えてしまう。読書好きにも、これからの人にも是非ともお薦めする大人の書評集。
本来は、すべての書評をこの文庫の編集方針と同様に人物順に編纂して発行して欲しいのですが、今の経済状況では文庫で我慢せざるを得ないのが残念です。
何故か出ていない個人全集というと更に難しいのでしょうが、全書評、全人物評、全薀蓄エッセイ、全ユーモアエッセイ、という様に効能機能別の集成が編纂刊行される日を夢見ております。薄い紙で各一冊に纏めて軽い本となれば良いですね。寝転んで楽しめたり、旅のお供になったり。丸谷才一氏の文章は殆ど読んでおりますが、一生の愉しみ、睡眠薬として是非とも実現して欲しいものです。勿論挿画装幀は和田誠氏ですね。今回のも中にも挿画があって楽しめました。兎に角お薦めいたします。
あいさつは一仕事
丸谷さんのファンなのでその分は差し引いて頂いた方が良いかもしれませんが、場面場面にあわせた当意即妙の内容は、あいさつもここまでくると立派な芸だという気がいたします。直球あり、変化球あり、できればそのあいさつの場に居合わせたかったと思います。いったいどれくらい準備するのかしら。まさかぶっつけ本番ということはないですよね。