横須賀線殺人事件 (ワンツーポケットノベルス)
あらすじに書いてあるように、東海道本線と横須賀線の分岐点となる大船駅の車内で殺人が行われました。その容疑者と思われる人物も近い時刻に北海道で殺されるという設定が読者をワクワクさせるのですが。
今回もまたルポライターの浦上伸介の推理によるアリバイ崩しがメイン・テーマです。そのアリバイ崩しの前提になる時刻表の提示ですが、ストーリーの展開に応じて披露されるので、後だしジャンケンのような感じを受けるのはどうなのでしょうか。このあたりは作者の都合もありますが、読者としては自分の推理が出来ないという結果につながります。
彼の作品は、必ず横浜、神奈川が絡んできますので、横浜在住の人には興味を惹く展開が毎作のように出てきます。文章に力はありますし、最後まで読ませる力量は津村秀介の持ち味です。人間の悲しみや業といった人間描写の巧さは、長らく津村秀介自身が週刊誌のルポライターをしていたからに他なりません。
北海道、九州と舞台が大きく広がり展開していきますので、旅情感はありますし、実際その地を取材していることがわかるような丁寧な描写でした。
鉄璧に見えるアリバイ崩しの醍醐味が、津村の小説の魅力のように思われるかもしれませんが、登場人物の背景まで描く描写力、時代性を推理小説に持ち込んだ社会派としての魅力が勝つように思っています。津村はもともと純文学を志し、夕刊紙の社会部で腕を磨き、フリーのルポライターとして、有名な週刊誌のライターとして書き続けてきた筆力が本作にも現れています。2000年9月に作者は逝去されていますので、新作を読むことは、かなわなくなっていますが、過去の作品を一つずつ追うことにしています。
松山着18時15分の死者 (光文社文庫)
津村秀介の推理小説の魅力は、何と言っても巧妙に仕組んだアリバイを少しずつ解きほぐしていく過程の醍醐味を味わえる点でしょう。読者もそれを期待するからリピーターが生まれるわけで、それを裏切らない展開が続くことによって根強いファンになっていくわけです。
今作は伊予道後温泉がある松山が舞台です。ネタばれにならないように慎重に記載します。上記の粗筋に書かれているように松山港にほど近い工場街で殺人事件が起こります。
松山港は、個人的に利用したことがあったこともあり、より臨場感を持って読み進めました。対岸の広島港との水運もよく、風光明媚な瀬戸内海をたどる旅の終着地点です。ある程度土地感があるほうが、小説の展開の中身が見えて面白いです。
今回は、お馴染みのルポライター浦上伸介に嫌疑がかけられます。その意味合いも設定も同時に解き明かされていくわけで、アリバイ崩しだけでなく、犯人との接点の解明もまた、本作品のポイントでしょう。
ラストの恒例のアリバイ崩しは鮮やかで見事なものでした。手品の種明かしと同様、答えを知ると何だ、このルートか、ということになりますが、それを知るまでのワクワク感がたまりません。
四国の山間の町、阿波池田も登場します。ここも嘗て訪れたことがあり本書で描かれた通りの風情は懐かしく読みました。観光地・大歩危や吉野川など、四国の景観の素晴らしさも提供されていますので、トラベル・ミステリーとしての魅力も内在しています。
他にもこのような題材を取り上げた大ベスト・セラー作家がいますが、内容の密度の点において、津村秀介の魅力は、他を凌駕していると思っています。ファンの贔屓目ではあるでしょうが。
仙台の影絵―佐賀着10時16分の死者 (講談社文庫)
『仙台の影絵 佐賀着10時16分の死者』という題名は、なかなか凝って付けられています。特段、影絵が出てくるわけではありませんが、作品の背景に潜むものを印象的な言葉に置き換えたものです。寓意性ということを表しているのかもしれません。本文を最後まで読めば理解できるタイトルでもありますので。
一方、副題に書かれている「佐賀着10時16分の死者」というのは、紛らわしいものでした。御殿場での放火殺人があったと荒筋にも書かれていますし、本書の内容を読めば、死者の死亡推定時刻は別だということはすぐに分かりますので、この記載はいかがでしたでしょうか。タイトルの付け方は慎重なほうが有り難いです。
いつものように、浦上伸介と前野美保の名コンビが、推理を巡らせます。ワンパターンと言えば、ワンパターンなのですが、安心して読み進められるという意味で定例なのはファンとしても約束事の一つだと理解しています。読者は虚構性を理解しつつ、作者の描く世界の中で翻弄されるわけですから、破天荒であっても、一定の節度があればついていけますので、今回も満足する展開だったと思います。
東京から九州へ向かう寝台特急「さくら」に込められたアリバイ崩しがメインテーマになります。いつものような時刻表のトリックなのですが、大変練られていますので、気がつかないルート設定は、津村秀介のひねりの素晴らしさを表していました。これ以上は何も書けませんが、上手く調査してあるプロットだと思いました。
時間の風蝕 (ジョイ・ノベルス)
これこそ、1ページ目の1行目から伏線がきちんと引かれている本格推理小説。
アリバイトリックなんて交通機関のダイヤが乱れたら終わりじゃん、嘘くさいよな、とお思いの方にもお奨めできるリアルなアリバイ工作。(かつて鮎川哲也も本作を推薦していた)
それだけに地味と言えば地味なのだが、見逃すのはもったいない。
冬の旅 飛騨路の殺人―山峡の死角 (祥伝社文庫)
1997年7月に祥伝社ノン・ノベルとして出版され、2000年12月祥伝社文庫として発売された津村秀介お得意のアリバイ崩しの本格派推理小説です。
作家が亡くなってからファンになったわけで、後追いでその著作を少しずつ読み進めていますが飽きませんし、毎回ワクワクする展開が待ち受けており、期待を裏切らないのが嬉しいです。
書名に「冬の旅 飛騨路の殺人」とありますように、飛騨の名湯・下呂温泉での2つの殺人事件が今回の舞台です。殺人が行われた時の状況は、本文の中で推測の文として提示してありますので、一定の理解ができるようになっています。少し難を言えば、2月の殺人が偶発のものであり、そのアリバイ工作が結構後付けにしては強固なものだけにそのあたりの作為は少し無理がありました。
一方、殺人の動機の背景は、作者・津村秀介お得意の社会背景を反映したもので、加害者と被害者の関係もまた社会の縮図を見事に浮かびあがらせるものでした。旅の道中や出張の途中で本書を手にとる読者に共感を生むような設定ですし、だからこそリアリティが小説に付加されます。
最後の50ページでお得意のアリバイ崩しが始まります。今回は、岐阜県の山の中にある下呂温泉ということで、アリバイを崩す小説としては使用しづらい場所ではありますが、非常に練られており、時刻表に書かれたダイヤを駆使しながら、陥穽をつくようなストーリーでした。いつもながら見事です。
雑誌記者であり、名探偵でもある浦上伸介が今回も活躍します。それよりも小説としての文章の深みが津村秀介の持ち味で、今回もそれを堪能させてもらいました。