レーシングカートを始めて5年、レースにも色々出てるので勉強のつもりで注文してみました。 図解入りでとてもわかりやすく、ためになる内容だと思います。今までの解説書とは違って具体的且、的確にまとめられておりこれからレースを始める人には必読だと思います。 しかし、本当にセナが書いたかについては、ちょと”?”に思います。 誰が書いたにせよ、読む価値大だと思いました。
F1 RACINGに掲載されたインタビュー記事の再編。 これまで知ることのできなかったセナの一面を読み取ることはできるものの、 故人と縁の深い人々の話であるがゆえ、美化されたセナ像を読まされている 感じは否めない。 また、翻訳も上手くないので読み物としての面白みに欠ける。
アイルトン・セナは1994年にレース中で死亡。何故その前年でのシリーズラインナップ化。思いあたるのは日本テレビ放送網が制作、全国ネットされた『とんねるずの生でダラダラいかせて』の人気コーナー。生ダラカートにアイルトン・セナが登場、石橋貴之と対決。レース結果はアイルトン・セナコースショートカットの為反則負け。 キットはアイルトン・セナイメージフィギュアはクリアパーツ。カート本体は白色成形。シャフトパーツと水転写式マーキングシールが付属。カート本体は全塗装前提ですが、一部パーツは接着面積が足りない。アイルトン・セナイメージフィギュアの重量があるために、なんらかの補強が必要です。またフィギュアはクリアパーツのためにプラスチックが固いためにポーズ変更が困難です。しかしパーツがクリアだけに角度調整は比較的にスムーズに出来ます。ただし首とヘルメットを繋ぐボールジョイントは市販のポリユニットもしくは関節技に交換したほうが組み立てが楽です。残念ながらセナのヘッドパーツは付属しないので、自作する必要があります。 キットは初心者向けでなく上級者向けでネタ遊び(同スケールフィギュアを載せ変え)に向かないキットで残念でした。
ホンダが第2期F1参戦を行い、中島悟氏が、日本人初のF1レギュラードライバーになった87年。
そこから、日本ではバブル景気とともにF1ブームが湧きおこった。
居酒屋の席でF1ドライバーの名前が飛び交い、若い女性までが「セナ様」なんていう、とんでもない時代だった。
このF1ブーム時代に中心にいたのは(とりわけ日本では)セナだった。
私は最初このブラジル人の新人ドライバーに特に関心を持たなかった。
しかし、89年に向けて、最強のホンダエンジン、常勝マクラーレン、2年連続チャンピオンのプロスト、若くてめっぽう速いセナがタッグを組むと言うニュースに心を奪われた。
そして、いつの間にか気が付けばTV観戦中の自分の視線の多くが、セナに向けられている事に気が付いた。
引退後、中島悟氏が「あいつは日本人の琴線に触れるようなところがあった」と語っているが、まさにそうだったと改めて思う。
そして、当時の日本では正義のセナ、悪役プロストといった勧善懲悪的な見方をされていたように感じる。
ただ、ファンであった私でさえ、セナは「尋常では無い」と思っていた。
ドライビングは、もちろんだが、勝つためには手段を選ばない、人と対立したり、非難されるような事を受け入れる彼の言動は明らかに常軌を逸していたと思う。
だからこそ、人々は彼に惹かれ、魅力を感じていたのだろう。
本著は、2008年にプロストの自宅で長時間行われた、プロストへのインタビューを軸に、数多くの関係者の発言とともに構成されている。
セナと長い間対立していたプロストへ、既に他界したセナのことを語らせるのは、一見アンフェアに思うかもしれない。
私も、そう感じた。
一方で他界し、伝説となり賞賛し続けられるセナに対して、プロスト置かれている立場は彼の惜しみないF1というスポーツへの献身、努力、そして積み上げた戦績に対して十分でないような気もしていた。
しかし、著者もプロスト自身も極めて、冷静だった。
極力、アンフェアにならないよう細心の注意を払っている事が良く分かる。
また、プロストがセナに対して「普通でない」、「チームメイトとしてうまくやれる相手ではない」と考えるプロセスをセナがF1に登場する前のエピソードから語られている。
特に新しい目新しいエピソードやトピックは無い。
しかし、あの時代にF1を観ていた全ての人に読んで欲しいと思う作品だった。
最後のデイモン・ヒルの一言こそが、あの事故の全てを物語っているのかもしれない。
また、このインタビューに応じたプロストにも(自分の視点からの考え方を活字に残したいと言う欲求があったにしても)尊敬の念を感じ得ない。
ただ本書のタイトル、とりわけサブタイトルだけは、この作品の本質とは、少しズレが生じているように思う。
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