この巻でも(与力をめぐる汚職や偽金づくりなどの)事件はやはり決着がつきません。 しかし、それでもなんだか心地よく読まされました。 同心の息子、夏之助と、父の上役である与力の三女、早苗。事件は、このふたりの子どもの低い目線から眺められています。著者のほかの作品とは違い、ほのぼのとした少年探偵団の味わいがあります。
ですから、ふたりが追いかけてゆく事件も、子どもの目に新鮮な動物や絵皿が、各話の焦点となって、物語をリレーしてゆきます。 犬の集まる家、スズメの好きな絵師、油虫(ゴキブリ)を籠に入れて飼っている女、変な絵ばかりの十二枚の絵皿を買っていって謎を解こうとする女、団子のかわりに石をお供えにする稲荷神社・・。子どもたちの好奇心に、読者も引き込まれます。
また学問所の成績がふるわない夏之助は、父の上役の娘である早苗とは身分の差もあって、子どもながら哀しい思いを抱いており、お皿の事件では一時、早苗と仲違いをしてしまったり、少年の心の動きがこまやかに描かれます。 早苗のほうも、長姉の婿に入った男に違和感を覚えたり、ものの食べ方にその人間の本性を見たり、年頃の少女らしい悩みや葛藤もあり、このシリーズは、少年少女のナイーブな心のひだに優しく分け入っています。
謎が解けて事件が決着する興味もですが、このふたりのほのかな恋心と、それをめぐる家族の人間もようがしみじみと味わえます。本作でヒーローといえば、早苗の叔父でのらくら者なのに剣術の達人、洋二郎の活躍も頼もしい。
ときに晩年の夏之助の回想がはさみこまれていることもあり、ふたりがどうなってゆくのか・・・風野真知雄作品独特のなつかしさが滲みます。
八丁堀に生まれ育った14歳の幼馴染の男女、同心の嫡男で剣も学問にも身が入らない「夏之助」と、 賢く気立ての良い与力の三女「早苗」が、市井で起きる様々な事件の謎解きをする時代小説です。
これくらいの同い年であれば、女の子の方が大人で男の子はまだまだ少年かと思います。 その男女の微妙な心の動きや言動が作品に上手に表現されており微笑ましくなります。 特に、この作品は身分制度の厳しい江戸時代の武家社会の中で、夏之助が同心の息子、 早苗が同心より格上の与力の娘という設定が良いと思います。 この設定が、「早苗」という娘が、明るく賢い娘であり、身分の差など関係なく、 夏之助のことを好きで好きでたまらないという彼女の想いをより強く読者に伝える役割をしています。 早苗の気持ちにはそれほど気付いてはいない夏之助の様ですが、 気が付けばいつも傍らに早苗がいることで、夏之助の才能が引き出されて行きます。
思いがけずも大事件に踏み込んでしまう夏之助と早苗。 二人を襲う凶刃の前でわが身を犠牲にして早苗を逃がそうとする夏之助の言葉が良いです。
新シリーズもやはり安心して心地よく読み進められる。小さなミステリーと大きな事件とがなめらかに絡み合っている。風野作品では珍しい少年少女の主人公。悩める思春期とあって若干ユーモアは控えめな印象だが、最後の急展開に今後の波乱を予感させる。幕末から明治をどうやって主人公たちが生き抜いていったのか、これから楽しみなシリーズだ。
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