舌癌に侵され徐々に衰弱していく夫、小説家吉村昭を見つめる
妻、津村節子。三人称の小説にすることでしか
客観視する方法がなかったのだろう。
三人称は時として一人称へのブレを見せる。
胃カメラを完成させるまでの紆余曲折が克明に記されている。一つの物を新たに作り出そうとするときには、幾つかの困難があり、また、その困難に立ち向かうねばり強さが成功につながるのだというよい例であると思う。 事実に基づいた小説であるが、主人公の私生活は著者の創作である。これは蛇足であると感じた。
「ドラマチックな言い回し」とか「独特の表現」とか「華麗な修飾語」という類の語り口ではないが、ぎりぎりまでそぎ落とした淡々とした文章が、真に迫ってくる。行間に「雨が降り風が吹き」余白に「季節の花が咲き」ページをめくる瞬間「懸命に生きる庶民の顔が見てくる」。 東北の寒村で実際にあった事実をもとに書かれたという『梅の蕾』を一気に読み終えた時は、涙がこみ上げてきた。おりしも医師不足対策が全国的な課題となっている今、村民の生命を守るべく奔走する村長、寡黙な村民が精一杯行動で示した医師に対する感謝の心、妻の葬儀の後再び単身赴任で村に戻ってきた医師の真摯で実直な姿に、地域医療の原点を見た思いである。
映画での緒形拳も素晴らしいが、本作品の緒形拳の執念の演技には脱帽。津川雅彦との演技合戦は、見る者を引き付けずにはおかない。業と言うか、人間の内面を芝居で表現した傑作である。
江戸時代、シケに遭って草木の生えない島へ漂着した男たち。
十二年後、本国へ生還する「LOST」顔負けの物語である。
冬の間だけ島に渡ってくる「アホウ鳥」を食し、雨水を貯める。海岸に漂着した木材で舟を造りあげ、脱出。
全てが非日常を極めた島での生活は、人間の逞しさと脆さを見せてくれる。飢えと孤独と死。
人類は、これ以上の苦痛を味わったことがないのではないかと思う。
無事に生還するが、諸手を上げて喜べない諸事情が重くのしかかる。
吉村氏の問題提起が胸に残る。
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