花咲けど 往きて還らぬ 死出の旅 『また血腥いのが恋しくなった』
勧善懲悪劇に徹しているのは、この頃の娯楽時代劇らしくむしろ潔く感じます。
大前田栄五郎に扮する大河内伝次郎は、この頃にはもう貫禄たっぷりに大親分を演じています。
しかし、若き頃のエネルギッシュで破天荒な演技が好きな自分には、この完全無欠の大人物像には、聊か物足りなさを感じずにはいられませんでした。
若き日の血気盛んな田舎やくざである、国定忠治を演ずる舟橋元を楽しみに観ていた自分でした。このキャラクターはなかなかです。
でも次々に現れる浪曲ファンにはお馴染みの親分衆には、さすがに胸躍る気分にさせられるのは事実です。
1960年当時は日韓はまだ国交がなかった。李承晩ラインというのがあって、結構韓国に日本の漁船が拿捕されていた。それがこの映画の背景。そして主人公は在日韓国籍の青年である。自分は何者かを悩む。日本人からは朝鮮人と仲間はずれになるし、韓国人からは日本人と同じとみなされる。それはこの映画のラストに集約されている。そういうことから逃れるために北に行く一家が出てくるが、今の状況からするとそれもベストの選択ではないので複雑な感じがする。日常から出る矛盾を静に捉えるのは今井作品ならではと思う。
この物語は子供の頃は何とも暗く恐怖すら覚えたものであった。訳もなく人を斬りたがる主人公に共感は今でも持てない。それでも見応えがあるのは人間の弱さを描写しているからであろう。若い兵馬などが魅力的でもあるし、純真な大男(岸井明)などは主人公とは対極なキャラクターだ。
派手な殺陣はないが迫力がある。島田虎之助が刺客を返り討ちにするところは特に凄い。往年のスター大河内伝次郎の刀さばきが堪能できる。カラミに刀が当たる音まで聞こえる。千恵蔵の竜之介はややイメージからはずれるが、そんなことはどうでもよくなる演出力には舌を巻く。
仏の大慈や大悲は悪業も善業も全て包み込む。
机龍之介の業を断ち切るのには命を絶つしかない。
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