北山修がNHK-FMでまじめに録音していると言っていたので、買ってみた。
加藤和彦亡き後の(最初?)のCDである。
きたやまおさむ & D50SHADOWZ ということで 若いバンドと一緒にやっている。
か細い女性ボーカルが、還暦+3歳(?)の 北山との絶妙なバランスがいい。
1971年から1981年の10年間は北山修にとっても日本にとっても大きな10年だったのでしょう。
25歳のときの若さとエネルギーの息遣いが聞こえてくるライブとは趣が異なっています。
小田和正の「花のように」だけでも聞く価値あり。その後歌詞が変わってしまった「さよなら青春」も貴重。
再CD化を心より期待する
「共に視る」。北山修は、論文はともかく、一般書籍に自分の患者のケースをあげることを嫌い、古事記、浮世絵などから日本人の心を探る、という斬新な研究方法を試みた。この本では編者であるが、だからこそ、たくさんの「共に視る」論が読めることは大変ありがたいことである。
母と子は初め、母乳やミルクをもらうときみつめあっている。やがて、二人で「共に」きれいなお花やワンちゃんや猫ちゃんを「視て」「かわいいねー」などと情緒的につながりつつ、共視する。普通に育てられた幼児は、母と永遠に一緒にいるものだと思っている。何があってもべったりくっついて生きてゆくのだと、生きてゆくという意味も知らず、感じている。
しかし、別れの日は来る。自立である。母の手を、母の心を借りなくても世界を一人で視ることが出来るようになる。そして本当の自立で、母を愛しつつ別れてゆく。別居に限らない。同居していても「別々の人間」として歩み出す。
北山修は後年、1971年に書いた「あの素晴しい愛をもう一度」の詞に、書いた当時は気づかなかった共視論を見いだす。この唄の中で「ふたり」は決して見つめ合わない。同じものを共に視ている。そしていつまでもと誓い合ったのに、心と心が通わなくなる。それは嫌いになったのではなく、別々の人間になったのである。
まさに母子である。
「いなくなるから取り入れられる」。母は子とべったりの季節を過ぎて、初めて子供の心の中に定住する。頻繁に起きる悲しい母子の事件は、その母の母、さらにその母と子がどんな心一つの時期を過ごしたのか、過ごせなかったのか、きちんと調べなければ同じことが繰り返されるであろう。
テーブルを挟んで話すと緊張するが、カウンターに並んで話すとほぐれて話しやすい、という経験はないだろうか。これも「共視」である。大切な話をしたいときは、テーブルではなく、カウンターで話してみてはどうだろう。二人共に同じ方向を視ながら。
この本は、精神科医、日本人を看る医師・北山修入門に最も適した本のうちの一冊である。
カウンセリング場面で話をきくことがメインになるが、どこまで聞いてよいのか、聞きすぎることの危険はあるんじゃないという疑問からこの本を購入しました。 たとえという言葉を生で話させることからの包んで話すということの視点はとても大事にしています。
ギターを始めて、Fのコードで挫折した僕のような弱い男に限って ここに収録されているような青春フォークが大好きだったりします。 だから、これらの曲を好きな女性の前で弾き語りをするのが、 当時のささやかな、そして果たせなかった夢でした。 その代わり、ここに収録されてるような曲を入れたカセットテープを作って、 彼女にプレゼントしていたのを思い出します。 そういえば彼女は風の「ささやかなこの人生」が好きだったなあ。
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