脳血栓を患った老作家・泰淳は、ふらつきつつ、妻に体を支えられつつ散歩を続けた。散歩中、とめどもなく流れ出る思考、妄想、思い出。鮮烈な印象で語られる愛妻の姿とその日常。そしてそれらを、字が書けなくなった泰淳のかわりに口述筆記したのは、妻その人であった。 このように入り組んだ形で成立している本エッセイ集には、八つの散歩が収められている。最後二つの散歩は、泰淳が愛妻と盟友竹内好と連れ立っていったロシア旅行の話であるが、この二つの話は、同行した愛妻が書いた旅行記(『犬が星見た ロシア旅行』武田百合子著、中公文庫)と是非あわせて読まれたい。泰淳がいかに妻を信頼しきっていたか、そして妻の方も泰淳をいかに信頼し大切にしていたかが、何気ない描写の端々から、よく伝わってくる。
そういえば内田吐夢との白熱した対話も収録された『タデ食う虫と作家の眼 武田泰淳の映画バラエティ・ブック』(清流出版2009年)で彼が映画をいかに貪欲に見ていたかを知って喜んだものでした。
本書はあの『司馬遷』『ひかりごけ』『森と湖のまつり』『富士』『快楽』など重厚な作風の武田泰淳が1963年に上梓した奇妙な味わいの小説集『ニセ札つかいの手記』で、元本には表題作の他「ピラミッド付近の行方不明者」「白昼の通り魔」の三編が収められていましたが、本文庫には表題作の他に「めがね」「『ゴジラ』の来る夜」「空間の犯罪」「女の部屋」「白昼の通り魔」「誰を方舟に残すか」の七編が収録されています。
ところで、大島渚の映画『白昼の通り魔』(1966年)が武田泰淳の原作だったことをご存知でしたか? 私はたしかに映像でクレジットを見てシナリオも読んでいたはずなのに、まったく記憶になくて、ええっと驚くことしきりでした。
表題作は、主人公の独身でギター弾きの私が源さんという謎の男から渡された偽札を使う任務(?)を与えられ、その偽札の半分を現金で戻すという、つまり渡された三千円のうち千五百円を使い半分の千五百円を返す。二千五百円だと不足分の千円を自分の懐から捻出しなければならない。私はお金には困っていなくて自活できる暮らしをしている。ではどうしてそんなことをするのかといえば、私は源さんに相方として認められたことを快く思っていて、否、どちらかというと光栄だくらいに考えている節がある。某日、源さんから絶縁という言葉を聞き耳を疑う。手持ちのニセ札が切れて、彼の家族が引っ越すという理由だった。これが最後だといって手にした1枚を、私は警察に手渡してしまう。源さんとの結びつきを確認しようと。
いわくいいがたい心理情景、不可思議な人間関係、つまらないともおもしろいとも断言できない、いいようのない人間の真理。
武田泰淳は全集まで手を伸ばしていなくて、冒頭の五作品以外は竹内好関連で中国思想・文学のエッセイや評論や対談しか読んでいませんから、本書で新たな武田泰淳像が加わってとても新鮮に感じました。
「きまってるよ、そんなこと。ニセ札は数が少くて、めったに見つからない貴重品だからニセモノなんだろ。だから必死になってみんな探してるじゃねえか。本物を探すバカありゃしないよ。本物のお札は、ありきたりの平凡なお札さ」
色彩と肉体のみずみずしい描写から始まることが多い。しかも、色彩も肉体も、ともに滅びへと向かう、その刹那を抑制的筆致で描いていく。初めのうちはその「意味」がよくわからなかったが、いずれ刹那を生き、滅んでいく宿命の人間を象徴的に描く出すための仕掛けであると気付いた。「海肌の匂い」でも、「異形の者」でも、あるいは「ひかりごけ」でも、特殊のような個的存在を描いているようで、すべては人間一般の可笑しさであったり、悲しみであったり、おそらくは「倫理」とか「道徳」などと言われるものを超え、突き抜けてしまったところで、ぽっかりと唯在る無常の世界を見据える"金色の仏像"(「異形の者」)が見えてくる。わたしは、それでも「海肌の匂い」末尾の市子のまなざし=狂女を見つめるまなざし=武田のまなざしに、漆黒の闇を見つめながら、なお小さき生命を愛惜しむ優しさを感じた。実は、武田泰淳を読むのは初めてであったのだが、自分の生まれた故郷(くに)に、このような素晴らしい文学者が居たということをまことに驚いている。
「可能性の中心」とはヴァレリーから取った表現のようであるが、柄谷氏の現在の著書にも通じるものがあり、まさに出発点とも言えるのではないか。しかも柄谷氏の「読み」にはいつも何かマルクスという名前、その対象を超えてしまうような中心がある。同書に収められた漱石論も同じように、何かしら語るべきことが語られる対象を越えてしまうような一種の転換が、柄谷氏の著書には常につきまとっている。それを「可能性」として受け入れるか否かは、柄谷氏の著書を読めるかどうかにかかっているといってよい。それはある意味分析的な読みではなく、「未来に何を見るか」という問いにつながっている。それが可能性の中心である。
武田百合子さんは遺作『日日雑記』の終わりで「ベルイマンの映画をみていると、夫婦っていいなあ、と思う」と書いています。私は『富士日記』を読むと、生きているっていいなあと、いつも思います。早起きしたり寝坊したり、ご飯を丁寧につくったり適当にして、おいしく食べたり時に食べ過ぎ、用事をしたりさぼったり、笑ったり怒ったり、空を見上げ花を見て、またご飯を作っては食べ、月や星を見たりして眠りにつく。そういうなだらかな暮らしの細かなことすべてが平安をくれます。 幼く母は亡くしたものの比較的富裕な環境で、父の静かな愛にくるまれての暮らしを全てなくし敗戦後の焼け跡に立った少女が、年の離れた父のようでもある夫と、自分のようでもある娘とで再びつくった、現実からやや隔たった富士の山荘は、一旦は失った安住できる場そのもので、かつてあった懐かしいものすべてが詰め込まれていたようです。 その暮らしを夫の死後に振り返って書かれたこの本は二重の懐かしさにくるまれていて、私は生きているのが嫌になった夜これを読み、明日食べるおいしいものなどを思って眠りにつきます。
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