マラーホフファンとして、とても興味深く読みました。 幼少期からベルリン国立歌劇場の芸術監督就任まで、満遍なく書かれています。本文は2002年時点の内容で、それ以降については触れられていません。ただし、マラーホフの母上のインタビューは2004年12月のものです。 とても興味深かったのは、彼が役とどのように向き合っているかということでした。普段、舞台を鑑賞しているだけでは絶対に分からなかったことですし、今まで色々な映像や記事、書籍を通しては完全に知り得なかったことが書かれていたので、とても嬉しく思いました。 また、ダンサーとして、一人の人間として、ウラジーミル・マラーホフという人物が、とても優れた、不世出の人物であることを改めて実感することができました。つくづく思ったのは、彼の活躍期に、しかも絶頂期に居合わせることができて、本当によかったということでした。 マラーホフのファンの方は勿論、これから彼のバレエを観てみようと思われる方は、お読みになって絶対損はないと思います。写真も多数掲載されており、世界的に稀有なダンサーであるマラーホフの成長の過程を見られる数少ない機会だと思います。(個人的には、「コート」の写真が掲載されていたのが嬉しかったです)
ベームの魔笛のタミーノ役でもあった、ブンダーリッヒですが、このセットでの私のお薦めは「奥様、お手をどうぞ」です。 ドイツ語で歌います。 もともと、ブンダーリッヒ・リサイタルというポリドール盤に納められていましたが、その後の再プレス盤では音が丸くなっていたし、CDではこれまで探せなかったので、絶対にお勧めです。
バッハマンは20世紀に活躍したオーストリアの女流詩人です。同じく詩人のパウル・ツェラーンとの恋愛で有名のようです(私は、ツェラーンの名前はユダヤ系ドイツのノーベル賞詩人ネリー・ザックスとの交友で知り、バッハマンとの関係は今回初めて知りましたが)。 詩風の印象としては、ネリー・ザックスや、チリのノーベル賞詩人パブロ・ネルーダの初期の純粋詩と似ている感じがしました(ザックスとは交友があったようで、本作中にはザックスに捧げる詩が収録されています。また、高名なロシアの女流詩人アンナ・アフマートヴァに捧げる詩というのもありました)。バッハマンの作品は、詩の基本色として夜というか暗闇を連想させられるので、悲痛で見極めがたい、近寄りがたい感触がするのですが、よく読むとそこには人間の尊厳というものの希求、また何ものにも消されえぬ真実への信頼と執念とが、かすかな希望の星への厳しい祈りのような必死の光を放っています。 詩自体は難解で、聖書や神話中の人物やエピソードを別の表現で暗示していたり、バッハマン独特の視界や比喩表現で対象を表しているので、一読してすぐ意味が取れるということはまずないと言ってもいい位だと思いました。しかしそれでも彼女の詩を「何かいいな。読みたいな」としぶとく眼を凝らし耳を澄ませたくなるのは、難しいイメージの皮膚の下に、ナチス台頭下のオーストリアで詩人としての使命を放棄せずに言葉による戦いを貫いたバッハマンの、不屈のヒューマニズムの鼓動と熱い血潮を感じるからだと思います。 ナチスのプロパガンダに使われてしまうような、耳当たりの良い紋切り型の言葉や言い回しに対して強い警戒心と抵抗を感じ、独自の言語表現を追及したバッハマン。日本でも戦時中は、作家の<平和>という言葉さえもが軍のまた戦争の正当化に利用された事実があります。困難な状況の中で為された詩人の厳しく粘り強いペンの闘争に対して、深い敬意を感じずにはおれません。
ツェラーンとの往復書簡も出版されていますので、興味のあられる方はそちらもぜひ。
|